求むるには足りず(鳳翔×翔鶴)










出撃用でも観艦式の装いでも無いのに派手な赤色に身を包むのはどうにも気持ちがついていかず、憂鬱だった。
鳳翔さんの店の前に建てられたばかみたいに大きなツリーの脇で、クリスマスイブにチキンを売るという年末の催事。鎮守府の行事とするならば食堂で供するか、いっそ全室に配布すればいいのにわざわざ商売形式にして、相変わらず提督の考えはよくわからない。昨年までは声がかからなかったから、夕刻過ぎに交代した鈴谷さんと熊野さんよりはおそらくずっと、着慣れない感が出ているだろうサンタの衣装。仲良く手を繋いで帰って行ったふたりを見送った後、わたしが担当した時間はもうほとんど客は来なくて、それも露店のやきとりと同一視しているとしか思えないような買い方をしていった酔っ払いたちが主だった。今日は暖簾を降ろしていることを忘れるような思考回路の持ち主たちが、河岸を変えて飲みに来たのかと思ったくらい。


「よくお似合いですよ」


にこり。
他意はある。わかっている。
嫌味ではない。わかって、いたい。
このひとにああされることが、あるいはこうしてこう相対していること自体が、一部のひとにとっては垂涎であることも、だからといって喜べというのは無理があることも、そのくせ嬉しい気持ちが全くないと言い切れば虚偽が混ざることも、もう本当は、理解とか考慮とか、そういう箱の中に入れるのを止(よ)してしまいたい。


「結局、慣れませんでしたけど」

「そんなこと。
 ……ふふ、来年は早めからうちで着ますか?」

「いやですよ、
 そもそもこの店には似合いませんよ」


冬至の日、南瓜の煮付けはいつも以上に好評でよく捌(は)けたらしい。本当はつきだし用に拵えていたはずのそれを求めて、酒を嗜まない下戸や未成年の子達までがこの店に足を運んだというのだから流石だ。そんなに忙しくなるのでしたら手伝いましたのに、訊ねれば本当にお風呂に浮かべる柚子を配る手間分だけの忙しなさだと思っていたんですよと困り顔が覗く。艦娘達の殊更に行事を重んじようとする姿勢や自己の料理への期待を甘く見積もったせいでしょうと正論を吐くには躊躇われる立ち姿、それをわたしに見せてくるのは、いかな貴女でも、卑怯が過ぎはしませんか。
ふうとふっきるように笑う笑い方は、どの境界線までの相手に許しているのでしょう。わたしの線は思いの外ちかく、ふかいところにあると時々自惚れそうになってしまう。


「店前で、寒かったでしょう?」

「交代制ですから」

「一番寒い時間を引き受けて」


シフトを組んだ当人がいけしゃあしゃあと。一瞬でくるりと反転しかけた評価を撫でて、なんとか元の場所に戻そうとする。できたら足して割ったくらいの位置に留まってくれると一番具合が良いのだけれど。
そもこの人が、というよりは鎮守府の大人たちが、駆逐の子達に深夜労働を、出撃でも遠征でもないのにさせるはずがないのだから。割り当ての時間については鳳翔さんに非があるわけではない半面、わたしが褒められる謂れも無いはずだ。


「褒めて貰いに、行かないのですか?」


にこり。
ああ、嫌味が混ざってしまった。このひとにこんな顔を、させてしまった。
昏い、くらいよろこびがわきあがる。いまわたしが必死で封じ込めている笑顔ならば皆に見せてもいいと、このひとにはけしてみせられないくせに、このひとにはすっかりばれているわたしの胃がまた鈍く痛む。
後悔するくらいなら、しなければいいのに。


「誰といる、誰のところにですか?」

「あら、今日はどなたといるのですか?」


わたしには教えてくれなかったんですよと、知っているくせに耳元に吹き込んでくるこのひとは、結局最後までこの異国の仮装を脱がせてもくれなかった。指先の温度だけが同一化していく夜更け、もう来年は着られませんかねえときれぎれ、感情の無い雪のような声、この鎮守府のどこかで良い子にしている子らには素敵なプレゼントくらいは、届くのだろうか。










--------------------------------------------------------------------------------------











inserted by FC2 system