懇帰郷(瑞加賀/赤賀前提)







いつか失うのだと、いつも思っている。
ほんとうに赤城さんから奪えるなんて、まるごともらい受けられるなんて考えたことが無い。あのときも、いまも。


加賀さん、アイス食べたい

いいわね。


半分ずつにしましょうか。たぶんバニラと抹茶が食べたいのだろう加賀さんは、チョコと抹茶で良い? と聞いてくるから微かに笑いながらバニラを指さす。そうしたらこのひとは店員さんにきっぱりとバニラとチョコで、と宣言してあっという間に会計を済ませてしまった。……なんだかなあ。勝手に決めてしまうところはあの頃の加賀さんらしくて、でもこんな選び方はあの頃のあなたなら絶対にしなかった。半分こも、自分の好きなもの、赤城さん以外のために諦めることも。食べたいもの全部頼まなくなったのはもういい加減お互い良い歳だからで、わたしがかじったとみるやチョコアイスをひとくち掬っていくようになったのは、まあまあ、特別な関係に、なってしまったからで。わたしの初恋が叶ってしまって、でもそれを誰にも言えなくなってしまったのは少しだけ寂しくて、でも絶対に墓場まで独りで抱え込んで持っていくんだって決めている。きょうわたしたちが逢引いてくることは世界でわたしと加賀さんしかしらない。


いまでもとても仲の良い姉がいる。戦友だった、いまでは友人と呼んでいい人たちもまあ結構いる。あのときの上官だった諸先輩にはいまだに頭があがらないけれど親しくさせてもらってるし、提督さんとだってぽつぽつ、年賀状と暑中見舞いくらいだけれどまだ連絡を取り合っているといえる、間柄だ。退役が決まってから、外の世界を知ってから何をするか決めたいから、ひとまずは学校に行こうかと決めたら結局ほかの多くの元艦娘たちと同じく僻地の泊地を潰して作られた特別学校へまとめて押し込められることになったわたしとは違って、加賀さんは赤城さんと結婚するのだといってそのまま鎮守府を出て行った。戸籍は貰えたけれど、流石にそんなにすぐに役場に婚姻届を出せるわけでもなく、それなら式くらいあげるのかと思っていたのにそれすらなくって、ただ、目の前からふっと消えてしまった。山の奥深くでふたり暮らしをしていると人づてに聞いたときにはわたしは特別学校を卒業する資格を手に入れていた。目標の大学に合格するためには少しばかり学力が心許なかったから、所謂浪人生という奴をしていた――もっとも学校併設の寮を追い出されることはなかったし毎日自習室で勉強していたしわからないところができれば職員室に通っていたから、身体が成長しきるまで長期の学業を余儀なくされた小型艦たちに時折からかわれる以外はまったくもってただの世間知らずの半ば艦娘な学生のままだった。結婚も同棲も、その他世間で過ごすには必要だろう数多の生活にも無縁だったわたしは、それでもやっと加賀さんのことを吹っ切れたといえるくらいには立ち直っていた。
加賀さんから手紙が来たのはそれからずっと先。志望校に合格して目当ての研究室にも無事に所属できて、新しい――人間の、というとたぶんすごく失礼なんだろうけれど、艦娘になったことも軍属であったこともない――友人も知り合いも顔見知りのひとたちもできて、艤装を降ろしても売れ残ってしまった腕力と体力、それからある程度の見目を買われて教授の荷物持ちとしてたいそう忙しい日々をすごしていた頃のことだった。ご丁寧にわたしのアパートにダイレクトに届いた、近況が淡々と綴られているだけの手紙の行間から、助けを乞う加賀さんの声が聞こえたのは都合の良い錯覚だったのかもしれない。そうであればいっそいいと思いながら気づいたら教授に電話をかけていた、馬鹿正直に「好きな人から7年ぶりに連絡が来たんです」と告げたら彼はものすごくうれしそうにわらって、それならいくらでも行ってこい、でも万一辞めるならその連絡は寄越せよと朗らかに告げてくれた。君がいると楽だけれど、君じゃなきゃだめってわけじゃないからね。付け足された言葉はわたしにとってはとてもあたたかくてうれしいものだった。役に立っているけれど、代わりがいないわけではない。いつか心の底から願った立ち位置だった。
それを放り投げて、わたしじゃなきゃだめかもしれない加賀さんに会いに行く。なんだかすごく、清々しかった。本当に錯覚かもしれない、わたしのことなんか偶然思い出して気が向いて手紙を書いてみただけで、いまでも赤城さんと幸せいっぱいで暮らしているのかもしれない。差出人のところにかかれていた、退役するときに各々で決めた苗字は赤城さんとお揃いで定めていたもののままだったし、住所も萩風から聞いた地域名と一致していた。杞憂ならそれでいい。懐かしくなって会いに来た後輩として、楽しい近況報告をし合うだけだ。
言い聞かせながら乗った寝台特急と新幹線の窓に映るわたしの顔は、思いのほか思いつめた顔をしていた。
実際に会ってしまった加賀さんが、薄暗い居酒屋の個室で見せた表情よりは、よっぽどマシだったけれど。


要約すれば、幸せなのだそうだ。赤城さんとはうまくやっているのだそうだ。他の元艦娘たちとの交流はほとんどないけれど、いっそ集落と言って良い規模の小さな山村にもそれなりに馴染んで、よっぽどのことがなければこのまま静かに一緒に朽ちていける。そうやって取り纏められた穏やかで幸福な日々から零れてしまったものが、時折、堪らなくなるのだそうだ。
赤城さんは、と、すこし言い澱んでから継ぎ足した彼女についての告白は、わたしにとっては何それ、であり、加賀さんにとっては赤城さんは悪くないのよ、であり。研究室の皆に振ってみたらきっと意見が分かれるだろうな、それくらいの罅割れだったけれど。仮にも夫婦を名乗っているのに、何なのそれは。わたしは怒って、加賀さんはそれにぱちぱちと瞬きをして、それから、ものすごく安心した顔をした。
ああ、だめだ。あれが本当に、だめだったのだ。撃墜でも轟沈でも、射殺でもなんでもいい。とにかくわたしにとっては、あのさびしそうな表情が、ほんとうに嵌ってしまったのだ。
加賀さんにも一生内緒だけれど。この表情をわたしに向けてくれるようになった加賀さんを寄越してくれた赤城さんに感謝すらした。その事実には流石に罪悪感で胸が押し潰されて思い出してしまう度に物理的に吐いたけれど、それでもその糸を掴まない選択は、わたしにはなかったのだ。



「あのひとのものであるあなたが好きです」


寂れた温泉街の片隅で囁いてあげたら加賀さんは息を詰まらせて、それから諦めたような溜息を吐いた。
わたしのせいなんですか。訊けば苦しそうに否定が返ってくると知っているから、態々口に出したりなどしない。加賀さんを苦しめることで幸せを得られるならもっといまの立ち位置にふさわしい役になれたかもしれないのに、いつしか、もう、加賀さんができるだけ幸せであればいいと願うばかりのわたしになってしまった。その幸せがぜんぶ、ぜんぶ赤城さんだけでいっぱいになってくれるならわたしはそれでいいの、だけれど。そうでない笑い方を、縋り方をこのひとがするから、だから。まだ、わたしの方から手放してなんてあげない。




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紺桔梗。
よみずい1日目トークショーネタです。










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