あおい悩みと先達と(初月五十鈴、瑞加賀)








はやく、強くならなければ。そればかりを思っていた。強くなれば皆を守れると信じていた。強くなれば皆に喜んでもらえるのだと疑っていなかった。強くさえなれば。すべては良い方に回るのだと。おいしい御飯が食べられ、提督に褒められ、僚艦には誇らしそうな顔をされ、好きなひとに笑ってもらえると。気持ちよく寝られるのだと。
悪意を知らなかったわけじゃない。妬み嫉みを理解していなかった、わけではない。ただ僕は、……ああ、これも、でも、みっともない言い訳だな。
僕は五十鈴に、あんな顔させたくなかった。すこしずつ離れていく練度、悔しくないのかい?いつか五十鈴に訊いたら、彼女はものすごくさばさばした声で返してきたんだ。


悔しいわよ

ものすごーく悔しいけど、あなたを恨んでも何も変わらないもの

わたしはわたしにできることをするだけ。
でも絶対に手を抜かないし牙も折られないし屈したりしないわ


ぽんぽんと叩きつけられる言葉はこの上ない暴力だった。不用意に僕が聞いた、聞いてしまった、だってあんなにさびしそうな笑顔をみせられたから。五十鈴は僕が強くなるの、嬉しくないのかいって聞くのは、僕は臆病過ぎたから。だから五十鈴に押し付けた。僕の気持ちをわかってくれと、まるで頭の足りない駄犬だ。


ばかね、なんであなたが泣くのよ


朗らかに、とは言い切れず、僕の涙にすこし困ったような声音が混ざり、僕だって泣きたくないとすんすん言ったら、五十鈴は僕の髪をぐしゃぐしゃにかきみだした。やっぱり困ったような顔をして、苦しいのにすごく嬉しそうに。ああ、そんな感情もあるんだな。僕はしらない。しらなかった。しらないままでいたかったとは、口が裂けても言えない。


あなたもちょっとは駆逐艦らしいところがあるのね
安心したわ


それで締められてしまった僕の情けない失態を、ものすごく羨ましがってくれたのが瑞鶴だ。どうして彼女にバラす羽目になったのか、それはまた僕の恥ずかしい失敗が原因だから、どうか追及しないで欲しいのだが。


いいわね。
同じ空母だともっと悲惨よ


置いていかれるって、いろんな意味があるのよね。
ごろりと畳に寝そべった彼女は僕なんか見てなくて、諦めと寂しさがたっぷり溶けていて、たぶん彼女にそんな顔をさせたんだろう加賀のことを僕は殆ど知らなくて。でもわかるともわからないとも言いたくなくて、恐る恐る彼女の横に腹ばいになってみたらにぱっと切り替えるような笑顔を浮かべられてわしゃわしゃと髪を撫でられた。意外と五十鈴にされるより繊細なようで、でもそれよりずっと平穏でいられている。五十鈴にされるのはいつでも緊張するし、その、すごく嬉しい。いや、瑞鶴のが嫌だってわけじゃないんだ、勿論。


まーた変なこと考えて。


もう一度、わしゃり。雑な接触でくふくふ笑う僕のまもる人は、僕よりずっと大人で先輩で、そして強い。


わたしたちがそんなこと考えること自体傲慢なんだけどさ、だから、ね。初月。
強くなろうね。


そう言い切れるようになるには、まして後輩に、部下に諭せるようになるには一体どれだけかかったんだろう。どれだけ、積み上げてきたんだろう。思わず嫉妬してしまうくらい、格好良い横顔だった。
あのときの五十鈴みたいにはなれる気がしないけど、この姿なら目指せるのかもしれない。少しだけすっきりしたから感謝と共に告げたら、生意気、とデコピンをもらって笑われた。ずるい。



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