願うものは何一つ(陽炎×夕雲)







…もう、いいでしょう?

やだ。


薄い布団はとっくにぐしゃぐしゃ、シーツを通り越した染みができていたって驚きはしない。
小さな窓からまだまっすぐになれない光がゆらりと差し込みかけている。明けが近い。
ふと我にかえって抵抗すれば、心得たとばかりに腕に力が込められる。まるで滑稽。
愚の骨頂だと言い切れる戯れを、真面目な顔で実行する彼女に、後ろから抱きつかれているから、いいえ、拘束されて、いるから。
縒れて濡れて、もう白いとも言えないんじゃないかとさえ思うシーツにぽたり、唇の端から私の唾が落ちた。


っ、

おっと、


慌てて左手で拭おうとすると当然ながら身体が重力に負け、べったりとベッドに張り付こうとする。
もうこのまま意識を手放してしまいたい。その後で死にたいくらいの羞恥と後悔に苛まれると知ってはいても、いい加減充足より疲労感がまさってきているいまのこの状況から逃れたい欲求には、もうそろそろ、耐え切れそうになかった。


ねぇ、…かげろう、さん。

…ん。……んー


とびきり甘く、ささやくように。
媚びさえ作ってみせたというのに、私のそれを、挑発としてさえ見てくれなかった彼女は、
自力での安定を失って余裕を消している私の首筋に息を吐き。そしてそのまま噛みついた。
私の左手の代わりについた手が、私を覆ってしまっているから、お腹に回されたままのもう片方の腕が、私に、ベッドに沈むことすら許してはくれない。


は、…はっ、……く、

まだいけるでしょ

そ、んな、

私がまだいけるから。


無茶が過ぎる。
今日の、いいえ昨日の、もっというなら一昨昨日とさらにはその前日の、主導権の不均衡を。
ちらりとでも考えて、くれては、いないのでしょう身勝手なひとに悪態をつく。
一緒にこぼれた液体は、さっきよりもどろりとしていて、もういい加減、水分がほしい、首筋を啄んでいる唇も、たまに思い出したように揺らされるせいで楽になりきれない刺激も、本当、ほんとうに、要らないから。


いっ……
…ふ、……かげろう、さん。

なに?


問いかけにとびきりのやさしさを込められたのは、さっきの私への仕返しに決まっている。
このひとがやさしそうな声音を、表情を作ったときに、やさしかったことなんてない。
愉快そうに笑っているときに、面白かったことも、好きだよと囁くときに、私への愛情を芯から籠めていることだって、あるわけがない。
知っています。だから、ねえ、水を、くださらないかしら。
どうせまだ離してはくださらないのでしょう。
どうせまた、近づく理由をひとつもくれないまま、勝手に離れていくのでしょう。


いーよ。


くふ、と笑った陽炎さんが、まだ元気そうだったのを感じて、半ば本気で怯えかける心を意思だけで必死で宥める。
そうする理由に目を背けながら。どうしようもない体勢で彼女から流し込まれるミネラルウォーターは半分は私に摂取されないまま流れて布団を汚していった。







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