淡いの金魚(瑞加賀)





キスをされる。されるとわかったから、(したがっているのもわかったから、)うまくできるよう目を閉じ首を傾けてあげたのに、瑞鶴は心底おかしそうな声を喉の奥から出して笑った。息継ぎのために離れた隙に後頭部をひっかけば、くふりとまた零してその息ごとわたしに送り込んでくる。受け止めながら舌を動かすのはあまり思うようにはいかず、瑞鶴のそれは跳ね回るよりもどうやら吸いあげたいようで呼吸ごと持っていかれそうなくらいに強く、されて。あなた、わたしに与えたいのかわたしから奪いたいのか一体どちらなの。もちろん両方ですと答えられるに決まっているから荒い息だけを零しながら、手探りで彼女の髪紐を解く。片側だけおちたところで一度すくってくしゃくしゃにしてやるのが好き、なのはたぶん、知られている。
お腹のあたりに手が回って布の端からすいと侵入された。随分あっさりと防壁を破ってくれたくせ、そのまま征服しようとはせずに固定されたまま、じゃれるような頬擦りをされる。
いつもの部屋着。自分でも恥ずかしくなるくらい甘めの彩色がされたこれに袖を通した理由は、先日瑞鶴がこの自室に持ち込んだパジャマと雰囲気が近しく、もしかしたらお揃いにみえるかもしれないという砂を吐くような思いからで。目を丸くした瑞鶴が、かわいいときれいを連呼するものだから思わず出た手が唇を塞いでしまった、そのてのひらをべろりと舐めたあげく、手だけですか? なんて生意気にいうものだから。今日はそこまで、そんな気分ではなかったのに。
輪郭をなぞられるのが好きだ、と思う。うっすらと汗をかいた額、顎筋、二の腕の裏側、腰からは少し外れた背中側の窪み。もっとより正確な言葉であらわせるはずのあちらこちらに触れられて身を捩るわたしを、もっと気持ちいいところより好きですよね、いまは、なんて態度を全開にして慈しむ彼女の、この余裕はいつからでてきたのか。大人びてきたといいかえても良いのかもしれない。悔しいから直接は絶対に言ってあげないけれど、頼りがいがあると称しても誤りではないのだろう成長を、こんなときに見せつけてくるところが、甘えたがりの末っ子気質の片鱗を残している気がして。
ふふ、と笑ったら拗ねたように噛みつかれた。あなたがさっき、したことのお返しよ。告げれば睦言にしかならない、告げなくても熱い吐息しか出せない。嬌声をあふれさせるにはまだ早い、蕩けたところを擦られるのも、まだ。でも、もうきっとすぐ押し倒されるだろう空気に溶かすには相応しい甘言は、好きではなく、かわいいわね、にしておいた。幸福のなかにほんの少しの不満を覗かせる、さっきのあなたをもう一度みたいと思ってしまったから。






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藍に溶ける(↑の裏面)




キスをする。わたしがしたがっているのがわかって、首を傾げさえして待ち構えてくれる加賀さんが嬉しくて幸せで、でも出てしまったのは自分でも感じた、なんだか愉快そうな音。ちょっとむっとした気配の加賀さんに謝るようにキスを重ねる。ちゅ、ちゅと音を立てると身を捩らされた。深くされる方が良かったですか。ぎゅっと抱きしめ直して息を奪えばはらりと左の髪紐が解けた。正解みたい。加賀さんは唇を重ね合いながらわたしの髪を乱すのが好きだ。普段は粗雑からは程遠い指先に、まだ理性を飛ばす前から乱暴に這い回されるというのはなかなかクるものがある。
きょうは加賀さんはあんまり乗り気でなかったと知っている。だから、もし嫌そうなら口付けだけで終わってしまおうと思っていた、けれど。これだけしっかりかき乱されるならきっと大丈夫だろう。首筋に伝う汗を舐めると同時に服の合間から手を突っ込む。一瞬だけちらりと目線を下に落として確認したから初めて見た衣裳の割には滑らかにできて、ひとりほくそ笑めば今度こそ加賀さんは呆れたような吐息。ちょうど眼元に当たって擽ったい。キスと誤認するにはぬるく、だけれどその甘さに逆に絡め取られてしまいそう。もうしっとりと湿っている加賀さんの肌に、他ならない自分を誤魔化すために触れていく。ふるりと震えるところには、少しの間をあけて帰りたいから、気儘なようにみえてずいぶんと脳の容量を使っている。ただでさえ加賀さんの反応をちゃんと受け止めて堪能するのに総動員なのに。視界の端にみえたから額の汗もついばんだらとろりと目を開けた加賀さんが嬉しそうに唇の端をあげた。きもちいいですか? それならきょうは、たくさん、もっと、いろんなところをさわることにしましょうか。
境界線がたまにわからなくなる。わたしとの、ではない。加賀さんが、加賀さんであるべきだと自分で思ってるだろう境界線。踏み越えてももう怒られないのかもしれない、でもきっと傷つける、わたしはそこまで無理やり暴きたいわけではないから、甘ったれた末妹のようなふりをして少しずつ、すこしずつこうやって擦り寄って覗き込もうとする。まだほとんど肝心なところには触れていないのに、きょうは思うように呼吸ができていないのか、どうやらもう口の端から零れさせてしまったらしい唾液をつぅと拭うついでのように。もうひとつ、またひとつと唇で吸い付いた面積を増やしていく。
かわいいわね。いつもより少し高いささやきが、上擦ってくれていたのがとても嬉しかったから。まだ、そのことばでいいです。当分は。






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