割れない鏡(瑞加賀)





時々加賀さんの瞳が伏せられるのが、どうしようもなく怖い。

わたしに隠し事をしているサイン。わたしに気づかれていることにはもちろん気づかれていて、それでもわたしはこの加賀さんの睫毛とその影すら綺麗で好きだと思ってしまっている、ことは、できたら知られてないといいな。どうかな。惚れた弱味なんて重々承知してる、その重さの加減もわかってる。
加賀さんが、わたしほどにはわたしのことばかりでできてるわけではないってことも。


キスはあまり好きではないみたい。どうしてなのかなんて、怖くて聞けやしない。そんなわたしからぬわたしを笑ってくれる僚友たちがいるから、わたしは加賀さんを組み敷いてそうっとキスを落とすことが、(ほら、これだってわたしらしくないと叫ぶわたしがいる)辛うじてできている。
わたし以外のひととも関係を持っているんですか。どうしてわたしにゆるしてくれたんですか。加賀さんにとって、これ、は、なんですか。呼吸と同じくらい辛くて頭がぼうっとして、加賀さんは甘くないけど冷たくもなく、どこか無責任に優しい。つんと胸をつけば眉を寄せ、腰からなぞりあげればやわらかな息をこぼす、けれどしあわせからも不快からも遠そうな揺らめき。加賀さんらしくない、のかもしれない。とても加賀さんらしい、のかもしれない。やさしいひと。受け容れることしかしらないひと。できないひと。そんなことないって、本人以外はみんな知ってるのに。

萩風や嵐が時々「お泊まり」に来ることは知っている。赤城さんや飛龍さん、蒼龍さんと夜通しに近い形で飲むことがちょくちょくあることも。たまに、裏方の業務が立て込んで、長門さん陸奥さんのお部屋にそのままとどまって帰らない夜があることも。加賀さんに触れるようになってから知った、わたしの知らなかった加賀さんの姿は、しんどさが重なるとじわりと服がはだけ、艶姿に近しくなっていってしまう。
ばかみたい。勝手に想像して、怪我して、傷ついてるんだから。ほんと、ばかみたい。
好きですっていったら、わたしもってかえしてくれないかなあ。怖がるばかりのわたしじゃあ夢の中でさえ、都合よくいかないのに夢想ばかりしている。






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鏡の欠片(瑞加賀)






誰の匂いかなど判らないけれど、瑞鶴の匂いが違うことくらいは、気づけていると思う。


……誰としてきたのかしら


目を逸らす瑞鶴を見つめる視線には、我ながら毒が足りない。それでも好きなのだと、絆されているのだと思い知らされる。先に目を伏せてしまうのはいつもわたし。臆病だからではない。こんな状況でさえ、歓びの色を成しているだろう自分の目つきを、見られたくないだけ。ふらふらとあちこちで夜を過ごしているのは瑞鶴だというのに、わたしが卑しいと罵る対象は、いつだって自身のこうした浅ましさだ。


……ん、


最近謝罪すら無しにキスで済ませようとする瑞鶴を、押し退けられたら多少は気がすくだろうか。
本当に悪いと捉えているのなら、もっとずっと前に咎めていたはずでしょう。険のある声は矢張り、自己に向けて放たれたもの。唇を強く貪られながら壁に縫い留められ、人の服を汚すのが趣味だといわんばかりに唾液を送り込まれる。身長差も相まった抑え込みが苦しくなって、指先で抱え込むのは彼女の、ツインテールがちらとも乱れていない後頭部なのだから笑えない。

他のひととするなとは言わない。ただ、誰かを抱いて、それなり、気持ちよくなったのだろうその足でわたしの部屋に来ることはないではないかと、それだけだと強がるわたしにだって独占欲は人並みにある。届かないものを欲しがるのがみっともなくて厭なだけだ。


かがさんのにおいがする、

……そう、


昔は嫌だった、恥ずかしくて反射で彼女を押しのけてしまっていた、このことばが。
すんすんと人の首筋に鼻を突っ込み、口の端からこぼれた唾の痕を辿りながら熱い吐息と共に言われるとどうしようもなく、くる、なんて。これだから貴女は、と盲いたわたしを覗いてわらうわたしが遠い。





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鏡には映らない(飛龍×赤城/蒼飛・赤翔前提)




蒼龍も加賀さんも揃っていない日が、年に一、二度あった頃の話をいまだに引きずっている。

それだけのことだと嘯くには随分重い気もする、でもそんな言い訳すら必要ないくらい軽い気持ちでできている気もする、赤城さんとの逢瀬。
いまとなってはただの浮気なのに、いつだったかこのひとがぽつりと呟いた、言葉尻をいまだに捉えて押し付けているのだから、ひどい間女だ。あ、でも蒼龍にとっては赤城さんの方が間女なのかな? 悪いのはわたしにされそうだけど。うん、それで間違ってないよ。

浴場で自ら誘ってきておきながら、なんとも非協力的な態度を良いことに、乾かしたてのぬばたまの髪を掬い取って絡めつかせる。絹を裂くような悲鳴って、どんなものなんだろうね。痛くなんかはしないけれど、その代わりに嫌がらせだとわかるような醜悪さで甘ったるさを振りまいていく。このひとには興味がないとわかっていながら、キスをするときに恋人繋ぎなんか、ほら、してみちゃったりして。至近距離で無駄口を叩かれるのは本当に好きではないみたいだから、代わりに落とす視線は、我ながら芝居めいていた。
力を籠め返されることはない五指に苦笑しながら、舌全体を吸い上げる。この指の股の間に爪を立ててやったら、どんな反応をするだろうか。赤城さんの? 愚問。ああでも翔鶴の対応もあまり面白味はなさそうだ。愉快犯は線引きを間違えないつもりでいるから、親指で擦った掌がわたしの好きな分厚さと熱でいてくれたことに満足して唇を離す。睫毛に何かが乗るほどではない、けれどわずかに潤んでいる赤城さんの眼から、離れるように遠ざかるしかない侘しさを埋めるように抱き寄せ引き倒す。
優しくなく、冷たくもなく。この部屋のいつもの空気だ。息を吸って、吐いて。さめた目で見つめて、逸らして。傷つけて、でも傷ついてはいないと強がって。
ああ、もし――今更――バレたら一番傷つくのは加賀さんな気がするなあ。沈む気なんかない癖に沈むときは一緒だと疑っていない瞳を今度こそ覆いながら再び深く口付けた。噎せるか静止の声を聞くまでは、離してあげない心持ちで。
















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