口実も3回目(瑞加賀)





「……トリック・オア・トリート」

「はい、どうぞ」

「……ありがとうございます」

「ご不満?」

「いいえ?」


ぽんと差し出された、今年は蒸しパンだった。たぶんそう手間はかかってない、だからこそ加賀さんがわたしのためにわざわざ作ってくれたってわかる。黄色いダイス状のはさつまいもかな。素晴らしい。なんてったって、お菓子の範疇だ。相変わらず仏間が似合うというか辛気臭い域を脱していないけれど。
これが加賀さんの歩み寄りだとわかってしまった3年目、わたしはおとなしく頭を下げて加賀さんの横に座った。不意打ちで顔面のどこかに唇をつけようかと試みたのは察してかわされた。残念。

忘れもしない1年目、まだぎりぎり片思いだった2年前は昼間は忙しく夕飯時は人が多くて気後れし、大浴場でねだるなんて冗談じゃない、ってかなんでそこで被るのよやめてよ雑念が入るじゃない! 駆逐たち相手でなく、大人同士でこの行事を実行しようとするばからしさなんて端から重々承知してる。おおむね騒ぎたいだけの馬鹿の祭典かバカップルの鉄板のフレーバーか、どちらにも当てはまりそうで当てはまれないから困っている。でも加賀さんとやりたい。翔鶴姉ばっかりずるい。そもそも赤城さんが最初からやる気なら加賀さんにも伝わっているのでは? 遠回しに姉に聞いてもころころと笑われるだけだったから直球に変えてお願いしたらよくできましたと頭を撫でられた。なんだかなあ。
そこまでして、お風呂の邪念も振り払って乗りきって。教えてもらったあまり使われていない休憩室、そうっとあけて加賀さんしかいないことを確認して、お決まりの台詞を叫んだら差し出されたのは小鉢がひとつ。いや、まあ、机には私の分の酒杯もわざわざ置かれてたけど。薄目のカクテル、缶から注がれただけのそれにしたって小鉢の中身よりはハロウィンっぽい色合いで風情じゃなかっただろうか。
不肖瑞鶴、まもなく恋人となるひとからもらったハロウィンのトリートは南瓜の煮物であった。
冬至と何も変わらないその選択に脱力し、あっこれもしかしてトリックの方だった? などと独り寝の夜に考え、答え合わせで見事にバツをつけられたのもいまとなってはいい思い出だ。

なお、2年目となる昨年は同じ部屋で栗の甘露煮だった。だから、そうじゃないって!と叫べるようにはなったしトリートと認めませんからトリックしますよ!とバカップルのフレーバーにジョブチェンジを試みたけれど深夜に叫ぶのはやめなさい、寝所以外で抱かれる趣味はないわと淡々と返されわたしは静かにピンクのチューハイを啜る羽目になった。この人が駆逐の子達にはきちんと正しく可愛らしいお菓子をあげていることを知ってしまっていたから、一個くらいくれても…という愚痴はそのあと口から出てしまったけれど。ごめんなさい、余らなかったからという謝罪に溜飲をさげ、後日余らなかったとはすなわち残りを全部赤城さんが持っていっただけだということを知り、悔しいより寂しい、が先に出てしまったわたしはあの頃ちょっと疲れていた。最初からそういう約束だったものと珍しく弱ったような、困ったような顔をした加賀さんに、それでも一個は欲しかったですと言ってしまって、ごめんなさいとそのままぼろぼろに泣いてしまった。ばかみたい。赤城さんより、先にしてた約束より優先して欲しかったわけじゃ、そもそもそこまでハロウィンに熱をあげていた訳じゃないのに。一回引っ掛かってしまったトゲがどうしても抜けなくて、遂には癇癪を起こしてしまっただけ。困らせたのから何から、恥ずかしくてみっともなくて、ぐずぐずになってしまったわたしを加賀さんは結構無理やり、荒っぽく抱いた。わたしが最初から抱かれるのはあのときがはじめてだった。バカップルの所業、とは言えないけど、加賀さんがそんな宥め方をするなんてまるで想定してなかったし何せ恥ずかしかったからじたばた抵抗してしまって、でも加賀さんは一切手を緩めなかった。情けない癇癪なんかなくても喉も目元も見事に枯らされてしまった。いまでも恥ずかしい。


「今年はわたしが抱きたいです」

「もちろんいいけれど……、」


蒸し返されるより先に、と紡いだ言葉は首を傾げた加賀さんの艶やかな唇が綺麗に食べてしまった。トリックアンドトリート。呆気にとられる暇もなく、指先ひとつで開かされたわたしの唇は、見事に縫い留められて、


「来年は貴女のトリートが食べたいわ」

「……よろこんで」


今年は昨年と一昨年とは違って、わたしたちの部屋。もうすぐ加賀さんの部屋にもなる。翔鶴姉はきょうは赤城さん(と、加賀さんの)部屋に泊まるといって笑っていた。赤城さんは陸の方へ出張中。ものすごく残念そうな顔をしていたけれど、どうせ帰ってきたら翔鶴姉が目一杯甘やかすのだ。今頃飾り付けくらいしていたりして。いやクリスマスじゃあるまいし流石に無いか。……無い、よね?
来年はあれくらいバカップル仕様でも許されるだろうか。ちらりと思うだけで浮かれる心のまま触れれば、お菓子は後なの? と少しだけ不満そうなささやき声。あっやっぱり一応加賀さんの中でもお菓子カウントだったんですね。よかった、赤城さんの代理で忙しい中、作ってくださり、ありがとうございました。
もちろん後でおいしくいただきますので、いまはこの甘い空気に流されてくださいよ。せっかくここまで来れたんですから。















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