すまし顔の後で(瑞加賀)
はい、あげるわ
……ありがとうございます
そうじゃない、とわざわざ口に出す必要もないような空気の中で黒いワッペンを貰う。流石に勲章褒章の類には到底及ばないにしろ、金塗りのところまで良い材質だ。掌上で一頻り弄んで、サイドボードのガラス下段、左側の写真立ての脇にそっと立てかける。そうしておいてと態度が言っていたものですから。
おつかれさまです
ありがとう
ううんと伸びをした加賀さんがふにゃりと笑った。あ、好きと思う。それだけで。ばかだなあ。ばかでいいかな。あきれ顔の友人たちのストックは脳内にたくさんあるけれど、全部追いやって道化のように手を広げておいでおいでをする。目を細めた加賀さん、最初の最初だけはたぶんばかにされていると思ったのかな、剣呑だったけれど殺気じみたそれはすぐに消えて。仕方ないわねと甘やかしモードに戻ってくれた。甘えるのも甘えたがるのも貴女でしょうという照れを消せないのはいっそ尊敬しているところ。かわいい。
少し前からこそこそと、何かしらの準備をしているのには気づいていた。どうやら広報らしいという情報が勝手にわたしの元に入ってきた時点で心配はしていなかったけれど。(したり顔の友人があれだけそわそわしてたら濡れ手に粟って奴だよとか言ってたけど絶対意味が違うと思う。それ)あんまり加賀さんの負担にならないものだといいなあコンビニのときは精神的に大変そうだったもんなあと、甘え方が結構辛辣な我儘レベルにまで陥っていた(それはそれで可愛いと思えたからさんざ好きにさせてあげたけれど)のを思い返しながら、一応本人に直球で訊ねてみたら、「内緒」と含羞むように言われたから。あ、これは本当に大丈夫な奴ですね。それじゃあ楽しみに待つとしましょうか。お疲れ様会の幹事は誰に振られるのかなあなどと平和な方向に思考の先を移動させていたわたしは、だから本当に知らなかった。ちょっと呉に行ってくるわという言葉にもはいわかりましたと返したできた恋人だった。
似合ってましたよ
……どこで見たのよ、貴女
いっぱい見させられたんですって
……それは恥ずかしいわね
ふふ、いっぱい恥ずかしがってください
生意気。
へへへ、
いつだったか、迷彩仕様になった加賀さんよりはよっぽどインパクト少なかったですもん。護衛艦モード。いつもより凛々しかったといったら盲目と笑われた。食堂のテレビではみんながわいわいと嬉しそうな声を上げていた。中には歓声もあったけれど概ね、日向さんのときよりはだいぶ落ち着いていて。いいねえよかったねえと目を細めるひとが多かったから、ああきっとこうしてこういうのも日常のひとつになっていくのかなあと。わたしの加賀さんを自慢に思う気持ちと同じくらい、そう思えたのが嬉しかったのは誰にも言っていないけれど、隣の翔鶴姉やお昼の席が一緒だった葛城たちには気づかれていたかもしれない。
執務室に飾らなくて良かったんですか
良いって言われたから持ってきたのよ
うちの談話室とか、
他の子のも増えたら考えるわ
そうですか。
……あ、こら、
甘えた吐息が鼻先にかかる。絡めた両手は離されないから離さない。さて、どっちに倒れ込みましょうか。加賀さん。
彼女の瞳に要求という名の答えは出ていたけれど敢えてスルーしていたら、あきれたように鼻ごと齧られた。次いで耳が食まれ、ついに言葉になった命令が吹き込まれる。
どんな形でも格好でもいいけれど。わたしにこうして甘えてくれる加賀さんはやっぱりいっとう好きだなあって。緩んだ頭がだらしなく笑う。
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