ふわ、……あ、…ぁ、


原因は、結局のところ。恥ずかしいが故の照れ隠しだった。
それだけに過ぎないのに、それをそうと告白するのがどうしてこんなにも難しいんだろう。




摂氏の境界(ゆきひえ・陽夕)




っ、……は、
雪風はさ、わたし以外にむらむらしないの?

えー……いきなりなんですか……


ちょっぴり機嫌を損ねたようにも、すごーく呆れているようにも、聞き取れる声はすぐ近くから落ちた。
ごく簡単にいうとキスした数瞬後の距離。お手本のように押し倒された、そのちょっと前にもしっかり口づけはされたのに、それより数段息があがって、意識はもう霞んできている。さすがにあんまりだ。


んー……えっちな声を聞いて、とかですかねえ。


眼前の雪風も息を弾ませてはいるけれど。
まだまだ思考力を鈍らせてはいないのが、安心できるのに不満な心は身勝手だ。


でも姉さんたちとしたくなるわけじゃないですし。

……え。


最近の駆逐艦は進んでるなー……じゃなくて、
雪風が姉と呼ぶのは陽炎だけだし、彼女と付き合ってるのは夕雲だから、
まあ浮気だなんだじゃない限り組み合わせはそれで間違ってない……はずだけど。
(あ、ちょっとヤなこと思い出した。
 やめやめ。この子の前で、こういうこと、考えたくない。)


駆逐寮の壁はほかのところよりも薄いんですよ


彼女は、なにやら非常に神妙な顔つきでそう言った。
そういえば昨冬はすきま風が思いのほか寒いとかこぼしてたっけ。
じゃあうちにくればいいよ、と軽く笑ってあげたら、素敵ですね、とにっこり笑い返されて。
それで雪風の来る頻度があがったわけも無いし、わたしもそれ以上ねだってみせたわけでもなかった。
それでもずいぶん、人肌で暖を取ったといえる程度にはたくさんの夜を一緒に過ごしてしまった。
だいたい、相部屋の霧島が部屋を空けることが多かったせいだ。


姉さんたちはすごいんです。

…うわぁ……


雪風の真顔が怖い。
わたしに唇で触れるとき、すっと目から笑みが消えるときに、ぞくりとするのとは全然違う。
本当に時折、夜中にぼんやりと虚をみつめているときの、年老いたものの諦めに似た表情には、近づいていられたらたまったものじゃない。
その闇はわたしでは消せないから、せめてかなしい夜を短くする手伝いくらいはできていたらいいと、思うわたしはやっぱり身勝手で。
口に出したところで雪風はきっと、同棲の誘いをかわしたときと同じ角度で、笑うのだろう。


…あれ、だけど陽炎型も夕雲型も大部屋じゃ、

知ってますか。
姉妹の多いネームシップには個室があるんですよ。


金剛さんも持ってるじゃないですか。
言われて思い出す、通称書類部屋の存在。
あれ、ふたり姉妹には無いってのは中々に理不尽だと思うんだけど、どうなんだろう。
(あ、でもふたり姉妹でも大体ふた部屋はもらえるから、実質個室かあるいは居室と仕事部屋なのか。)
だいたいどの部屋も紙や軍装ばかりで、整っている部屋の存在は都市伝説の類だ。
あんまり噂に詳しくないわたしの耳にまで入ってくるんだから、きっとそうに決まっている。だから金剛型の部屋が悲惨なのはわたしの分の書類がいつまで経っても整理できないせいじゃ、ましてやお姉さまのせいじゃない。霧島は何度お願いしてもやってくれないしお姉さまの分にしか手をつけない榛名も意地が悪い。……思い出しただけで頭痛くなってきた。


…あー……

ひどい顔ですよ。比叡さん、


最後の、ん、を、歌うように口にした雪風はいつの間にか元のにこにこ顔だ。
もうこの話はおしまい。そう決めつけただろう証拠に、右の人差し指で喉を軽くなぞられる。
撫でられるというには甘さもやさしさも無い、けれど。痛くも苦しくも無い、ひどく薄い触れ方。


それで、


どうしてそんなこと、考えたんですか?
聞いて欲しいなら、聞いてあげます。
そう顔に書いてある雪風はもう、わたしがお願いするまではキスしてはくれない。
それ以外の刺激はいっぱいくれるけれど、わたしが口を割るまでは、きっと、この空気を引きずり続けることになるんだろう。
そんなのいやなのに、今のわたしには。答えの代わりに、ごめんねっていうことしかできない。
顎の輪郭をきりとりきってから頬をつつく、その指先がわたしよりかすかに低温で、ほんの少しだけ湿っている。






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