輪転機暖(ゆきひえ)







いつもの岸壁、舫(もや)い綱を繋ぎ止めるための出っ張りに、ちょこん、腰をかけて。
足をぶらぶらさせているときの雪風は平穏にご機嫌だ。戦場にいるときよりはずっとゆるく、けれど少しばかり眩しい。


ご一緒しましょう

はい。


そういう雪風はそこから降りる気配が無かったから。
隣の腰掛けまでは、ずいぶん、距離があったから。
今日の地面はよく乾いているから。
いろんな言い訳を一瞬だけ思って、えいやと間近に腰をおろす。
ビニールシートって、仕事用のでいちばん小さいのはどれくらいだっけ。
……いや、だって、今日のこれだけをきっかけに、買うのは恥ずかしいじゃない? 


……出かけないのですか?

お出かけですよう。


今日のお昼は食べに行きませんかと、朝一番にいってきたのは雪風だ。
珍しいですね、ぱちぱちと目を瞬かせたところにちゅっと唇が落ちて、……そんなの、朝から、おはようの直後に、されてしまったら。
承諾しないわけにはいかないじゃないですか。


塀の外、行きたかったですか?

雪風と一緒なら、楽しいでしょうね。

そうでしょうか。


しんとした声。あ、来るなと感づいていたのに、止められなかった自分を呪ったら、この子はますます落ち込んでしまう。
かなしい顔をするのは夜だけでいいんですよ。わたしも届かない、だれも届かない、ところで泣くことすらできないこころをかかえているのは、知っていますから。


行きたいなら比叡さんから誘ってくださいね。

はい、了解です。


駄目と言わない雪風の、わがままの言い方はずいぶんと独特だ。
全部なんてとてもわからないけれど、わたしのわかる範囲でなら、彼女のこと、知っていたいから。
彼女と行くことはけしてない繁華街のデートスポットを、わたしはお姉さまに聞いて、榛名に尋ねて。そして霧島に呆れられるのだ。
霧島のばか。え、そうじゃないって?


さて。
すてきなランチはなんですか?

ふふー、サンドイッチです。


じゃーん、と袋から取り出した雪風はとびきり嬉しそう。
聞いてくださいとねだる彼女の餌に、ぱくりと食いつくわたし。
誰も傷つけない出来レース。わたしたちはこんなことばかりうまくなる。


矢矧さんと大和さんからいただきました

……それはそれは。


ええと、すごい、一品ですね?
思わずお姉さまたちにも手土産にできないかと、考えてしまうくらい。


砂でも魔女でもありませんが、


どうぞと差し出されていただくハムサンド。
辛子のよく効いた味付けは、びっくりするくらいに雪風好みだ。
続いて出てきたたまごサンドも同じ味。
次いでよく知ったパッケージのオレンジジュースが出てきたときには、もう、降参して笑ってしまった。


素敵ですね。

はい。嬉しいです。


愛されてますね、なんて、口が裂けても言えない。
愛してますよ、なんて言ったら、雪風はもう二度とわたしの部屋には来ないに違いない。
彼女と付き合っているのはわたしだし、わたしだけだし、わたしは彼女を愛している。
彼女は、たとえばこんな風に。いろんなひとに愛されている。
わたしも、雪風も。みんな知ってる。だからふたりのあいだでは、使えることばはひどく少ない。
秋晴れとはいえ晩秋のアスファルトはずっと座っているとさすがに冷たかったけれど、なるたけゆっくり食べたサンドイッチがなくなってしまっても、わたしは彼女と他愛ない話をしたがった。
雪風が、そう、したがらなくなるまでは。






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