近すぎた焦点(陽炎と雪風)






……愛してるって言われました。
どうしたらいいんでしょう。

ちょっと待って、

……ふえ?

今まで言われてなかったの?


それを聞いただけでかぁっとなるのだから、ああ、私はやっぱり姉という役目から逃れられない。
どんなにしょうもなくたって。この子に勝てる要素が、数えられるくらいしか、なくったって。


……言わないで欲しいと、思ってましたから。

…なにそれ。

ひえいさん、すごく気を使うんですよ。

えぇ?

……わたしがいやがること、しないんです。


この間と同じ椅子に座って、ぽつりぽつり呟く雪風はこの間とは比べ物にならないくらい消沈している。
猫プレイに失敗でもしたの? 大体倦怠期ってわけでもあるまいし、道具に頼るってのがよくなかったんじゃない?
半分はそうからかってやるつもりで呼び寄せた妹の恋愛相談は、思った以上に重かった。
……夕雲のお茶が恋しい。お得意の紅茶もいいけど、今は、すごーく濃い、緑茶の気分。


それは……つまり、愛されてるんじゃないの?

……そうかもしれません。

かも、って。


彼女の役に立ちたかったはずなのに、彼女がもつ障害に憤るわたしは、矛盾しているのだろうか。
前回よりは格段に綺麗になった部屋、……まあどうせすぐに書類は増殖するのだけれど、それでも、ひとりで仕事ができてしまう分量しか机に乗っていないのは、逆に落ち着かない気分にさせられる。
……ワーホリとか言うな。どうせなら、妹たちの頑張りを喜ぶ姉と言ってくれる?
そのなかでもとびきり優秀な子は、いま、わたしの目の前で。


…あんたも好きなんでしょう?

…はい。

あいしてる、んでしょう?

……は、い。

…なんで口ごもるのよ。

……だって、こんな。

こんな、…なあに?


我慢強く解きほぐす、ほんとうはこんなの柄じゃないの。
もしそうできるなら、いますぐ比叡さんの部屋に殴り込みに行って、うちの妹が落ち込んでるんですけどどういうことですか! と問い詰めてやりたい。
でも、そうしたら、きっとこの子はもっと傷つくから。
この子を傷つけたのは、比叡さんの、……きっとそういう愛情だから。


……きっと、比叡さんは、ゆるしてくれません。

…それ、本人にちゃんと確認した?

……いいえ。


でもそうなんです。
頑なな雪風に、遠慮なくため息。びくっと肩を揺らされたって、構うものか。


愛してもいないのに、ヤらないでしょう

…う、……はい。

…って、比叡さんに言ってきなさい。

そんなの! 嫌われますよう。

そしたらまた慰めてあげるわ。

……姉さんの鬼畜。

それに、嫌われないわよ。

嫌われますってば!

いいから行く。

にっ!?


この子の襟首を掴んだのなんて初めてだ。
舞風はしょっちゅう、不知火はたまに、ほかの妹たちだって、まあ、一回や二回はやってきた荒療治。
そういうことをまるっと回避してしまう程度には、この子は、ちょっと、聡すぎた。
そういう特別はほんとうは不要なの。
だからちゃんとしたものを、もらってきなさい。
わたしは、ちゃんと、あなたのこと。ほかの子たちと同じくらいには、「特別に、」愛してるんだから。





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