赤い金魚熱帯夜の続き)








……ん……


息なのか何なのか、よくわからない声を自分が漏らしたのを唐突に認識する。
続いてけほりとこぼれ出た空咳。思わず当てた手が触れた唇は、乾いて割れていた。
口の中全体がかさついているかと思うくらい、喉が乾いていた。

かけられていたタオルケットをまくると、ひとの足元で丸まっていた瑞鶴が小さな唸り声を上げた。
どうして。こんなところで、こんな格好で、寝られるのかしら。
いつ見ても理解に苦しむけれど、今でもたまに斬新な格好を見せては私の首を傾げさせるけれど。
その実彼女は寝相が悪いわけでは無い。こうやって同じ布団を分けあって寝ても、蹴られたり知らないうちに擦り寄られていたりすることはないのだ。
……確信犯として抱きつかれていたことはあるし、今日だってそれに近しい形でくっつかれてはいたけれど。……ああもう本当、しあわせそうな寝顔だこと。
芽生えた感情に乗せられて、彼女の頬に触れ、鼻をつまむ。むぅっとわかりやすく不機嫌な顔になった瑞鶴は、ぱしりと私の手を払った。一切の遠慮が無い拒絶。
無意識に邪魔者を追い払った左手はそのまま鼻をこすり、少し待っているうちに瑞鶴は再びすうすうと寝息を立て始める。

その挙動に対して緩んだ顔は、誰にもみせられない種のものだ。重々わかっているものの、誰も見ていないなら取り繕う必要もない。
余分なところでまで籠めていた肩の力を抜くことを覚えてから、私は、随分生きやすくなった。
それを彼女に教えられたというのは正直語弊でしかない(むしろ、肩の力を抜いたからこそ彼女に向き合うきっかけが生まれたといえるから、順序が逆だ)が、そういう生き方を続けられているのは彼女の努力に拠るところも大きいのだと私は知っている。
瑞鶴は、まっすぐでバカ正直だからこそ、やさしいし、臆病だし、とても寂しがりだ。
どうにも原始的な欲求への制御がきかないことがあるにはあるけれど、本当の意味で乱暴にされたことはないし、もしそうしたら、彼女自身が彼女のことをけして許さないだろう。
愛されている。そんなこと、口にされなくたって知っている。

身を起こしたついでに彼女が着せてくれた寝巻きの帯を結び直した。けれどこのままこの場を離れてしまうには、どうにも惜しい寝顔を瑞鶴が晒しているから。
少しだけ迷って、結局決めきれなくて、カサつく唇を舐めてみる。ヒリヒリとした痛みが訪れて、思わずきゅうと丸まった足の先が恥ずかしくてひとりで顔を赤くした私は、まあ、間抜け、でしょうね。
……さすがにこれではキスは無理ね。
私に対して遠慮をしない瑞鶴の反応が嬉しかったから、自己満足の愛情をひとつ、押し付けたかったのだけど。

さっさと水分を補給してこよう。できればシャワーも浴びてさっぱりしたいところだけど、……昨夜の瑞鶴は随分と激しかったから。座っている状態でこの腰の重さでは、みっともない様をさらさずに風呂場まで行って帰って来れる自信が無い。
昨晩は、結局最後まで彼女の方を向くことを許されないまま。さんざん焦らされて、それなのに抵抗も懇願も、……彼女の名前を呼ぶことさえも、怖がるように拒絶、されて。
それでも彼女は意識を飛ばした私の身体を拭い、下着も寝巻きも着せてからうわ掛けをかけてくれた。そしてそれからたっぷり悩んで、恐る恐る、私を包むタオルケットの中に、潜り込んだのだろう。
相変わらず好きも愛してるも言わせてはくれなかったけれど。あいにく、そういう夜を繰り返すことは――つまり、言葉以外で愛しさを伝える手段を、よくもたくさん教えてくれたものね?
ただ甘くなるに決まっている憎まれ口は、いったいいつになったら、口にのせさせてくれるのだろうか。

瑞鶴の、やさしさを籠めようと震える指先も、臆病故に主導権を絶対に渡したがらないところも、寂しがるこころを満たせなくて私が気絶するまで抱き続けるところさえも。
嫌いではないから。瑞鶴は嫌いだと言われたがっているから。嫌いだと言い放つときのこちらの表情までは、彼女は、拒絶しようと、しないから。
きっと数日のうちには、……次に抱かれるときまでには行われるだろうやりとりを思うだけで、楽しい気持ちになれてしまえる自分が彼女に抱いている感情など、もちろん。瑞鶴自身だって承知しているのだから、私はいつまでだって待つつもりだ。
今回は。替えの下着やシーツを用意することは辛うじて出来たようだけれど。せっかくのそのシーツはまさかの重ねがけという手段で情事の痕を隠しているし、水差しを枕元に置いておけるほどの、余裕はとてもなかったようだから。
まあ、まだまだ長い戦いかしらね。ふっとこぼれた吐息までが甘く落ちて、誰も見てはいないのに私の頬を熱くした。







--------------------------------------------------------------------------------------










inserted by FC2 system