ゆめを、みています(赤翔)






ひゅ、と、息を吸う音がふしぎにとおい。
ふれられて、揺らされて、弾かれて。
指先ひとつ、振動、視線、ただそれだけでじぶんの呼吸すら支配される感覚に、螺旋のように落ちてゆく。
彼女はわたしを慮らない。
わたしに触れることを、わたしを揺らすことを、わたしを弾いてはぜさせてしまうことを、ためらわない。
わたしの行く末を、顧みない。

それにひどく安心するわたしが、わたしを近くで認識できないのなんて、あたりまえのことなのかもしれない。


…あかぎ、さん、


ふっと笑った彼女がわたしをずらす。
ぐらり、かしいだ先はしろかべ、わたしの額が、にぶい音を立てた。
視界も聴覚も、意識すらも揺れて、
けれどそんなわたしに触れているのは赤城さんだから、彼女は動揺のかけらひとつ、みせてはいないから、
だからわたしはただゆるやかに息を吐きます。
きっとべたべたによごしてしまっている、あなたの膝の上、
このあまくあつい空気を吸うよりは吐く方がずっとやさしい、恥ずかしい声と恥じるべき痴態をあかるみにする方が、もっとずっとやさしい、
この状況を生み出したひとをやさしいというのは、せかいでわたしだけであるときっと誰もがいうだろう、あなたの、前で。







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楽園はまだ遠く(↑の続き)




――そんなことを思ったのですが。


…もしかしたら、加賀さんも、

え?

やさしいと、思ってくれるかもしれませんね。


赤城さんのこと。
くたりとおちたことばは、この部屋に、今の空気に、あまり似つかわしくはない湿度をたたえていた。


あのひとのどこがやさしいのよ


予想に反して、加賀さんは、きっぱりと。
(いえ、きっぱりとご返答くださるとは思っていたのですが、)
夏場には少し暑くて不評だったりもする、けれどそろそろ、これにひざ掛けや毛布までがかけられる季節がやってくるソファに座って。組んでいだ脚を無意識にかほどいて、そうして、呆れたためいきを吐いた。


…そうですか。

貴女の主観には立ち入らないけれど。


盲目も大概にしておかないと、痛い目を見るわよ。
お茶の準備をしているさなかに、ごまかすように聞いた私を。
まっすぐ射抜く加賀さんは、……確かに、瑞鶴のことも、しっかり見据えた上で付き合っているのです。
そんなことわかっています。あの子が、ずいぶん、幸せそうであることも、その幸福は、しっかり地に足のついた種のものであることも。
ねぇ、そろそろ部屋割り、変えない? なんて、甘えた声でまずは私から崩そうとしてくるところだってその証左であり、瑞鶴の幸福は、……それこそ私の赤城さんへの感情以前に、盲目的に、私が望むべきことでありますから。


赤城さんが全肯定して欲しがっているならするけれど、
…でもそれは、貴女も同じでしょう?

……それは、そうですね。


赤城さんの望むことならなんだって叶えたい。
いつかの罪滅ぼし? 生まれつきの刷り込み? この人と同じ理由でないことだけは確かで、けれどこの人と同じ強さの意思であることは、間違いなくて。
そう思う結果夜毎に私ばかりが高められているというのは、どうにも、納得がいかなくもあるけれど。


全てをささげるのは重すぎるわ


省かれたことばは、加賀さんの人となりを、ヒトとしての加賀さんを、たださらすしかない種のもので。
口に出してしまえばそれは、呪いのような言霊になってしまう。
私と同じ重さ。違う色。よく似た感情、選ばなかった選択肢。
瑞鶴は毎日あんなに笑顔なのに、目の前の加賀さんも、そのかんばせに、ゆるく幸福の色を乗せているのに。
私といるときの赤城さんは、貴女からの一方通行を受け止めるしかない私は、一体、どうでしょう。
あのとき誤ったのは私だと、加賀さんさえ、言ってくれない。


…粗茶ですが、

ばかね。


ありがとう。
日常使いの自分用なのだから、本当にそう高いものではない、それに本当はもう少し渋めの方が好きなはずの緑茶を受け取った加賀さんは、いつからか、私のことを名前で呼ばなくなった。
この人の不器用なところは紐解けばいつだってとてもやさしい感情からできているものだから。
あの人の。器用過ぎる手が触れる私は、いつだってわかっていて勘違いをする。





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