のみこんだ勇気(瑞加賀・単発)






今日の始まりは、きっかけは、わたしの襷だった。
彼女が触れて、ほどくときに口元に持っていった仕草に絞られるように鳴った鼓動は、喜びも気恥かしさも内包していたけれど、同時に。深海棲艦の砲撃を浴びて、回避行動は取ったはずなのに飛び散った破片が突き刺さったときのような痛みも抱えていた。
わたしの所有物に口付けるときの方が、やさしく――どこか厳かに――しているようにみえるのは、錯覚でないけれど。
でも、それをあげつらって責め立てるつもりもないのだ。わたしには。


――ごめんなさい


恋人として、――口約束ひとつで生まれた、わたしを好きにする権利を行使するときに。
彼女は決まってそう口にする。
そのことばを言わなければ、わたしに、触れられないかとでもいうように。


は、……ん。
…ずいかく、

……かがさん、


すき。
大好き。
……愛してます、というときだけは、少しだけ間があって。
いつもは勇ましすぎるというか、元気の良いといえば聞こえのいい、生意気な後輩の鼻っ柱はわたしと同じくらい高いくせに。
(わたしだって一応自覚はしている。……改める気が無いのはお互い様だから、謝る気だって折れる気だって、同じように、有りはしない。……ことまでが、ふたりの中では織り込み済みだ。)
名前を呼ぶだけでこんなに幸福になるなんて、知らなかった。
名前を呼ばれるだけでこんなに落ち着くなんて、知らなかった。
知ることができて良かったと思うこころは、いっそ愚かと蔑んでくれれば落ち着くかもしれない勢いで多幸感に包まれてしまっているというのに。
それなのに。


…かが、さんっ、

……ん、


いいわよ、と、ささやくはずだった唇は掌で覆われてしまって。
噛み付く気にはなれず、舐めるにも苦しい体勢のまま、瑞鶴がわたしを割り開いて強引な侵入を試みる。
……そんなことをしなくても受け入れるのに。
こんなに必死な顔を目前にすると、こころがいたい。
……ああ、だから。
これは、わたしの勝手にしか、過ぎはしないのだけど。


……やっ

…ごめんなさい、

っ!!
……あ! 


わたしの承諾を得ずに押し入ることしか、そのくせ臆病に触れることしか、できないのなら。
せめて謝らずにいてくれれば、わたしももう少しくらいは素直になれる気がするのに。
(この子の背に手を回し、遠慮なく爪を立てて――縋る真似が――できるだろうに。)
それをゆるしてくれない瑞鶴が、とても嫌いで――とても愛おしい。


ふっ、……う、……ぁ、

…ん、……、


泣きそうな表情をしているくせ、けして涙をこぼしはしない瑞鶴に、手を伸ばす代わりに漏らす声は、こういう体勢でないときのわたしより格段に素直なものだというのに。
目の前のわたしよりも、自分自身と向き合うことに必死な、そしてそれに決まって失敗している彼女には。
この吐息をまっすぐに受け取ってくれることが、まだ、できないのだ。
今日も。


……うぁ! ……ぁ、

………かが、さん、


すきということは、こんなにもたやすい(ような)のに。
……ねえ、瑞鶴。


…すきよ。

……ぅ、


すきといわれることをいまだにこわがるあなたに、わたしは。
いったい、どうすれば。思いを届けられるのだろう。





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タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。









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