韃靼を漕ぐ






やさしいのがこわい、と、どうしようもなくおもったのだ。
わたしを見下ろす目に、冷たさでは無く熱が宿るようになったのはいつからだろう。
苛立ちをぶつけるのではなく、そっと、恐る恐る触れられるようになったのは、
口づけとともに、ともされる言葉がかすかに震えるようになったのは、いったい、
暦を指差すだけならば正確に答えることのできるわたしは、けれどその理由も原因も知らない。
きっかけ、は、わたしであったのだとは思う。
けれどあの日を境に赤城さんが変わってしまった、その前後の出来事をどれだけさらいなおして、思い返してみたところで。
そのさかいめをみつけることは、わたしにはやっぱりできないのだった。

緊張の中できりきりと弓を引いて帰ってきた、その足で。
引きずり込まれた赤城さんの居室で、彼女に組み敷かれるわたしはそんなどうしようもないことを懲りもせずに考えていた。
赤城さんの指が触れる、触る、撫でる――
かすかな亀裂を丁寧に修復しようとするような指先。
そこからとろりとろりと溢れているのをとどめるには無論逆効果で、そもそも治癒できようはずもない。
どうしようもないやまい。みとめてしまうには羞恥が過ぎ、けれどいったんみとめてしまえばどうしようもなく気持ちが良い、
知っていたからみとめたくなかった熱情を、あばいた赤城さんはきょうもかなしくなるほどにやさしい。
このひとに、このしぐさは。
似つかわしくなどないと、わたしがいちばんおもっていた。
……わたしだけが、そう言っていた。


「そうかなぁ」
「だって、赤城さん、」
「翔鶴のこと、大好きなんだよ」
「翔鶴姉は、自分を卑下しすぎなんだって」
「赤城さんの幸せは、赤城さんが決めるべきことでしょう?」
「翔鶴だって、赤城さんといるとき、ずいぶん良い表情してると思うけど?」
「だいたいあんだけヤってるのにいまさ……いったぁ!」
「飛龍。」
「先に覗き見してたのは加賀さんの方だよね!?」
「わたしは自室に帰りたかっただけよ!?」
「あー……そんなこともあったっけ?」
「そーですね。困ってたみたいなので、そのままおいしくいただきました」
「ヒュウ」
「ずいかく!!」
「あはは。だから翔鶴も、大丈夫だよ」
「うんうん。」


そうやって、一緒に笑えるなら。
赤城さんと翔鶴のことだって、わたしたちにとっては、同じなんだから。


「だからそーゆー生々しい相談はいらな」
「そうりゅー、ストップ!」
「……え、なんで、」
「え、だってこうゆう相談も楽しいじゃん?」
「ひりゅうだけでしょ」
「そんなことないよぉ、――ね?」
「振らないでくださいよ!?」
「……ノーコメント」
「あっはっは、ふたりともかわいいー」
「ちがうでしょ、」
「あ、そだね、」


翔鶴も、だもんね。
どうしようもないことを、こうやって、吐き出してしまえば。
多少なりとも軽くなる心を抱えたわたしは、――でも。
昨日の赤城さんの指先を、目つきを、
震える声で好きだと囁いた、熱い吐息を、
受け止めきる方法を、今日も。見つけられないままでこぼした愛の言葉の罪深さを、
皆に吐露できないままであのひとの愛情の真っ直ぐさに怯えている。












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