指をさされて臆病と言われても(瑞鶴×加賀)







っう!!


――痛い。
がっと衝撃が走る。噛まれたと頭で認識してからやや遅れて、じわりと這い上がる熱。
怖気のような震えが全身に走る。瑞鶴に縋り付く腕にも、ずいぶん前から痺れ続けている腰にも、ただ熱いばかりなのに時折触れられるだけでみっともないくらい身体が跳ね上がる、太腿にも。
こんなもの。昔は全然気持ちよくなんかなかったはずなのに。


や、だ……ぁ、……あっ、


泣き声は鳴き声と変わらなくて、鼻にかかったそれに、瑞鶴が、ごくりと唾を飲む音を間近で感じた。
……ああ、また。
予想とあやまたず首元に噛み付かれる。ぎっ、と、声が漏れたのは確かに呻きであったのに、わたしより余程苦しげな息を吐いている瑞鶴はきっと歯型のついたのだろうそこを、じいんと熱を持ち出した皮膚の薄いところを、貪るように舐め続ける。
気道が圧迫されているからなのか、只管(ひたすら)に苦しい呼吸をこなすこともままならないのに、瑞鶴はふうふうと、傲岸不遜な隷従を崩さないままわたしの熱を引き上げ続ける。
譫言のようなことばでは無くして。本気で拒めば瑞鶴は引き下がる。その代わりに物凄く恥ずかしい告白をさせられることにはなるだろうけれど、わたしが芯から望んで無いことはしないし、わたしが芯から望むことは、叶えてくれる。
知っている。だから突き放せない。
房事に与えられる痛みは好きでは無い。瑞鶴が苦しそうにわたしを抱く姿を見るのは嫌いだ。
でも。


ひ、……ぅ、っ!


彼女は、こんなときにしかわたしに跡を残してくれない。
今日だけでもう何度噛まれたかわからない鎖骨。肩口は最初に深く噛まれすぎてしまったから、我に返った瑞鶴が慌てて手当をしようとし出すのをなんとか宥めた記憶に唇がつい苦笑のかたちを作る。
瑞鶴に届いたかどうかは解らない。彼女に届けようと思って形作ったわけではないから、どちらでも構わない。


ふっ、……は、……ん、……、
………ずい、かく、

…加賀さんっ、


もう、その先に続く言葉さえ知っている。
日々を重ねるうちに。今更思い知らされる必要もないほど、この身に、染み込んでしまっている。
瑞鶴の噛み癖が遠慮なしに発揮されるのは様々な外因が折り重なったときでしかなくて。
翌日にわたしが出撃するときになど有り得ないのは無論、直近の褥事情や瑞鶴のコンディション、更には赤城さんや翔鶴や、の様子のひとつやふたつが懸案事項としてあがらなければ出て来ない困った執着で、独占欲で、
そんな諸々が折り重ならければ発揮できない臆病な暴力で、
浅ましいわたしが心待ちにしている、彼女の制御できない情動で。


……いたい、ですか?

はぅっ、……あ、
……たりまえ、…ん、……でしょう!!


きっと血の滲んでいるのだろう肩口を、左側の鎖骨をやさしく撫でる、その顔は。
もう何遍も繰り返してきたのだからとっくに知っているのに、それでもこの目で確認したいと思う懲りない恋心を、嘲笑うように絶頂への階(きざはし)が突き刺さる。
わたしを逝かせるためだけの動き。ずっと前から膣奥に潜り込んでいた2本の指が、ようやくはっきりとした意図をもって蠢き出して、彼女にそんなつもりはなかったにせよ結果的に火照らせされ続けた身体があっという間に燃え上がってわたしを焼き尽くす。


い、……っ……!!

……ごめ、…なさい、


だから、そんなところで謝らないで。
最果てにようやくたどり着いたのに、最後に触ってはもらえなかった蕾や乳首、それから唇なんかが寂しがって早速疼くのを止められないわたしに、気づかないで。
きゅうきゅうと締め付け続けた肉壁が、ようやくひといきついたのを不満だといわんばかりに痛覚を過敏にし出す身体には、尚のこと。


い、た、……かがさ、……いたい、


叶わないと知っている祈りは無為でしかないと、疑うことなくいられる身であれば。
与えられた快楽をかなしく思うことも、そもそもこんな快楽を与えられることもなかったのだろう。
肩口や、鎖骨や。首元、脇腹に二の腕、左の手の甲に唇の端。濃淡をもった熱を波状にまき続けているところなどどうでもいい。明日、瑞鶴の執着したあととして大切になぞるまでは無用の傷だ。
幸か不幸か、物理的な痛みへの耐性は一般的な艦娘よりはるかについてしまった。
赤城さんの背を守ることは、まわりまわればこの子の憂いをひとつ、無くすこと。
瑞鶴のための行動ではないからこそ自信を持って言える、誇れること。


…ねえ、ずいかく、

っ、


彼女の先の呟きは、問いかけではけしてなかった。
ふわりと高いところに押し上げられて、それからまた地に突き落とされた、熱くて重いばかりの身体を持て余しながらも容易に拾えてしまう聴覚が恨めしいのは、ほかの五感がその原因を取り除く役目を果たしてくれないから。


……ぇ、……あ?

……ね、……


痛くされるのは好きではない。
決まってこの子が傷つくから。
だから今度はやさしくして、なんて、それでも言えやしないわたしの汚い欲は、次こそは乳房か肉芽か、そんな決定的なところに噛みついてくれないだろうかと思っている。
そんな願望はおくびにも出さずただ素直にねだった、脚を絡め頬をすり寄せたわたしの痴態に瑞鶴がごくりと息を呑む音がじいんと響いた。
ああ、それ。すごくいい。


ひっ、……あ、……ああっ!!


荒い息を吐く瑞鶴がわたしを乱暴に突き動かす。
本当はこれくらいの強引さで、充分満足なのだ。けれどゼロか百かしか知らない瑞鶴の、その竹を割った性格にも随分救われているから、だからこんな痛みくらいたいしたことはない。


あぐっ!!


そう思っているうちに再び噛み付かれた左肩への衝撃は流石に強くて、嬌声にはなれなかった悲鳴が喉の奥から迸る。
瑞鶴は。きっと昨日の自身の出撃のことを悔いている。
正直な話、いまの五航戦に求める内容以上のことは果たして帰ってきたのだけれど、撃ち漏らした巡洋艦の行方を、それが北方の深いところに還って自分たちの情報を与え、ひいてはわたしたち主力部隊が出撃するような事態になるかもしれないことを、ただひたすらに後悔していた横顔は、わたしが彼女たちの練度だったころには到底持ち得なかったものなのに。それを褒めることを瑞鶴はけして是とはしないだろう。
口惜しい、から、昨晩に続いて連続で抱かれたわけではない。瑞鶴の、行き場の無い憤りの、代替の捌け口になってあげようだなんて殊勝なことは、なおさら考えてなどいやしなかった。
それでも結果として甘く無い性交がもう何時間だか続いているのは、わたしの欲求と瑞鶴の衝動が噛み合ってしまったからに過ぎなくて。
だから原因も責任も等価なのに、どうせ彼女は明日が来る前にまだ何十篇と謝ってくる。


かがぁ、……っ、……めん、

やぁっ! ……ず、……ひゃっ!!


高められ、跡を貰い。わたしばかりが良い思いをするのならせめてと。
いつからだったか、瑞鶴の噛み癖が発揮されるときには嬌声を堪えることをしなくなったわたしの真意に彼女が気づくことはまだ当分無いだろう。
我慢、しないとき特有の快楽の受け方は泣きたくなるくらい気持ちよくて、その快楽の合間に突き刺さる痛みも、わたしにとってはもう疾うに、その心地よさを助長させる、甘味に混ざる塩分のようなものでしかなくて。
痛がらないで。謝らないで。
どうせ届かないから、わたしは今日も口に出さないまま嬌声を零す。
いつか痛みだけで飛べるようになればわたしは彼女の憂いをひとつ、無くすことができるのだろうか。







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タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。











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