ほどけきる前に(神通×海風)





いやならやめていいのよと涼しげに笑う顔を見上げるのが悔しくて唇を噛む。
何をどう勘違いしたのか、(そもそもこのひとがそんな種の邪推をするものだろうか?)ますます嬉しそうな表情を浮かべた神通さんは、それを隠すかのように口付けてくる。
まるで、海風を、隠すみたいに。

息が続かなくて、ふは、と声を漏らせばそれには少し不満そうな口元。
どきりとしたけれど、目元はそれに反して至極愉快そうに笑っていたから、嬉しくて、光栄で、自分の快楽というものがますますわからなくなる。

だめよ、

…は、い、

貴女を囲っているのは自分の手。覆いにもならない小さな身体。
壁に背をついて、海風を待ち受けているのは神通さん。
もうずっと前から、白く脆い無機質に手をつくよりは神通さんの腰に回したり、橙の薄いところをつかんだり、そうしたいのにさせてくれないこの方は、オンとオフというものを非常によくわきまえている。
わきまえている。それでいて、私服のときには、非番時にはとてもさせてくれないようなことをこんな遠征前の廊下の隅で強いたりするのだから、ひどい。
海風が逆らえないって知って。いつの間にか、そうされること自体が胸を高鳴らせずにはいられない、興奮以外の要素はほとんど除外されてしまうようなモノにしておいて、そして。

…どう、しましたか?

……なんでも、ないです、

非番の日、操練中、出撃時、交戦のさなか。
そのどれにもあてはまらない、部下でも後輩でも恋人でも無いときにしか呼ばない声音で丁寧に話しかけられると、一瞬で醒める身体と思考回路すら、備え付けたのは貴女。

またあとでね、

……はい。

部下であるときも他の後輩と一緒くたにされるときも、いやなら逃げてといいながら恋人らしい真似をしてくるときでさえも。
使ってくる少し低めの声が、やわらかい響きの余韻が、耳からようやく消えてくれたときには貴女はもうよく研ぎ澄まされたやいばとしてわたしの覆いをすり抜けていく。
廊下の端を曲がるときの足音が、海風が遠くから見送るだけのときとまったく同じものであったなら、こんなこと考えずに済んだのに。
いざ本人を前にしてはとてもできやしない八つ当たりは、口付けと甘噛みの嵐を受けている間にあっけなく解かれ、ぼさぼさになってしまったこれをどうやって編み直そうかと、半ばまで解けてしまった三つ編みを弄りながらぼんやりとする現実逃避で、神通さん以外にみられてもいい顔になるまでの冷却期間。
あんなに一瞬で切り替えてしまうなんて。切り替えたと見せかけて、最後の最後にあんな顔、見せてくるなんて。本当、ずるいですよ。


















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