なりたくない(葛城×瑞鶴)
蝉が鳴いていた。
瑞鶴先輩からは、かわいた向日葵のにおいがした。
無人島に行ってさ、
無人島、ですか?
そう。
敵も、味方も、いないところ。
おいしいものときれいなものがいっぱいあるところ?
それはなくていいよ。
ううん、あってもいいけど。
でも、生き物はいなくていいかな。
呟く瑞鶴先輩の思う島と、いま私が想像しているそれとは、とてもおおきな隔たりがあるんだろうなあ。
先輩の澄んだ目を久しぶりに目の当たりにして、やすい私は私はそれだけで心が華やぐ。
砂浜で、
……すなはまなんてあるならやっぱりきれいなのかな、
こんなふうに葛城とねころんでさ、
ピクニックですか?
んーん、逃避行。
昔は美しく磨かれていたらしい床板を背にして、ぼうっとふたりで寝転んでいる、いまが。
逃避でないならなんだろうと思うのに、先輩のその提案は現実味がないからこそとても魅力的だった。
どうやって行くんですか
どうしようね、ヒッチハイク?
ひっち…?
葛城、何のために生まれ直したの
呆れた声が夏の灼熱に溶け、私の胸にずくんと刺さる。
英語もドイツ語も、それなりにはやりましたけれど。
読む方も話す方も、ついぞ上達はしなかったし数少ない機会では大体身振り手振りでなんとかなりましたもの。
あれは、ぼでぃーらんげーじ、って、いうんでしたっけ。
……何のためだったんでしょうねえ
瑞鶴先輩に会うためですよ、なんて。
嘘ではないけど本気でも無いから、口に出したりも態度に示したりもしない。
…真っ白な砂の上でさぁ、
……あ、はい、
だんだん砂がかかっていって、
なんだろう、たぶんずっと考えていたんだろうな、そんな気配がしました。
最後に埋まりきったところで、ふねにもどるの
……それは座礁と呼ぶのでは、
あー……そうだねえ……
でも博物館みたいになれたら素敵ですねえ
えー……まだ働かされるの、それ……
くっくと笑いながら、そんなにいやそうでもない空気。
私を連れて行くと言ってくれながら、瑞鶴先輩の思い描くその景色の中で、私なんてその場に絶対にいないに違い無いのです。
それなら私は、水族館になりたいです。
潜水艦じゃないんだ?
沈んでるだけなら、空母の甲板のままでいいですよ。
…私は海底を知りませんから。
そっかと答えた先輩は、すてきだねってやわらかな瞳で。
乾いた声で、私をわらった。
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