さくさく、(天津風と野分)





さくさく、
踏まれる音が聞こえた。

万一の時の延焼を防ぐための中庭を見通せる窓から見下ろしていたのだから、幻聴に違いなかったその錯覚は、ずいぶんあとまでわたしに影を落とした。
わたしに気づいた野分が、ぱっと振り向いて、満面の笑みを浮かべてきたのがいけない。
こえをかけたりもなにも、しなかったのに。
わたしには、あなたを恋愛的な意味で好きになるつもりなど無いのに。
なぜといわれても困る。消去法で恋をする気も、絆されて愛を囁く趣味も無い。
わたしは独立した水雷戦隊の右翼として敵を補足し撃破することが多く、野分は遠征で中核的存在――ときには輸送を邪魔する深海棲艦を迎撃したりまでする――を主としており、わたしたちに近しい駆逐艦はだいたい大型艦のお守りを担当していることが多いから、皆の思惑が、交わることはあまりない。
わたしが彼女の姿を目にしたのも、部屋の炬燵に備え付けられた蜜柑が切れて時津風と雪風の両方がしょんぼりした顔をしたから、飛び出そうとした島風をとどめて調達任務を引き受けたこと自体に必然性も計画性もまるでなかったのだから、本当に単なる偶然で。
彼女に一番近しい相棒のように、踊り出すのではなく、ぶんぶんと手を振るのでもなしにぺこりと一礼だけを返した、その大人びた態度はさっきまでまっさらな雪を踏みしだいていた幼気な様子とはまるで一線を画していて、てんでおかしくって。
くすりと漏れた笑みは、所詮同じ艦種の、一駆逐艦としてはふさわしからぬものだったかもしれない。

さくさく、
駆け抜ける音が聞こえる。

それさえも幻聴だけれど、迷いなくここまでくるだろう野分に、さてどう言い訳をしようか。
あなたを前にすると心が少しばかり温かくなるのは確かだけれど、それだけであなたに決めてしまうことはできないと告げることはないのだから、さて代わりにどうしようかと思いあぐねているうちに案の定顔を出した彼女が手伝ってくれたおかげで蜜柑調達任務は予想よりずいぶんな戦果を上げてしまって、傷ませる前に食べきれるかしらという心配は入れ替わり立ち代り訪れてくれた四駆の皆様があっさりと解消してくれた。
どうしてかしらね。わたし、あなたに、とびっきりのヒーローになってほしいのよ。
だからもう少し、返事が必要な告白は、待ってくれると嬉しいわ。
(きっかけがゆきんこ忠犬からの蜜柑確保任務になってしまうのは、あなただって嫌でしょう?)














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