謀は瞼の裏(Bismarck×Warspite)








笑わない笑みを交わしあって自己紹介から共闘までを済ませてきた。

端から抱くべき好意などあったはずもない。隔意と嫌悪の壁を越える気が無い相手にいつまでも関わろうと思い続けるほど私も酔狂ではなかったから、彼女との関係性はこのまま不仲という枠組みに入って終わりだろう。諦めをもってして他の、新たな関係性を他人と結ぼうと努力していた頃、彼女は、ビスマルクは唐突に私の前に現れた。
正確には、消灯後、寝巻に着替え終えていた私の真上に、承諾も何も無いままに跨られた。

「なんの冗談?」「冗談?――まさか」
「……わたしが好きなの?」「……まさか、冗談でしょう?」

この脚、は。
動かないわけではないのだ。
艤装の補助無しでは戦闘職であるにふさわしい動きはできないけれど、非番の日に食堂までゆっくりと歩いたりすることはできる。
この喉、は。
あのときも恐怖から悲鳴をあげることができなかったというわけではけして、ない。
彼女は懲罰房行きだろうが、だからといって、……そうね、レイプ犯の被害者が晒される世間の目を知っている?
ましてここは、世間と呼ぶにはあまりに狭く、血に飢え欲求を燻らせた者が多くいる閉塞した組織なのよ。


っ!!―――っっ!!


いくら噛み締めても漏れ出る嗚咽は、苦しくて苦くて、鉄錆の味がする。
泣いても叫んでも、どうせ、彼女はやめない。
けれどもしかしたら一瞬の動揺くらいはしてくれるかもしれない、それならば一度くらい泣き叫んでみようかと思う私は、彼女相手に弱味など見せてなるものかと冷静な方の私に直ぐ様諫められてしまう。
ただ一瞬の満足のために犠牲にすべき誇りかと。
――馬鹿らしい。気高さなど欠片も見られない獣の交わりで、必死で声を堪えながら涙を堪えているのは誰だというのだ。


……ばかね、

…ぅくっ、……っ!!


小馬鹿にされたと判断した脳が反射で睨みつける。そう効いているとは思えないけれど。
跳ねた身体が、ひくひくと動くのを止められなくなったのはいつからだろう。
勝手に動き出す、快楽を貪り出すようになってしまったのとぴったり同じ日だとは断言できる。
自己の真意などまるで理解させようとはしないまま私を抱いたビスマルクは、その3日後の晩にも同じようにやってきて、休みを挟んだ翌週の3回目より後は、もう数えるのも観察するのも厭になってやめてしまった。

戦場におけるお互いの役割は被りそうで重ならないから、逆に、同じ作戦に組み込まれることも多い。
戦場に限らずして、いつだって涼しげな顔をしているのは知っている。知っているからいちいち見上げて確認したりなどしない。
息も体温もすっかり上がって、熱っぽさと息苦しさで何もかもがどうでも良くなってくるとき、ビスマルクは造りモノの笑顔さえ無い表情で、わたしを冷たく見据えている。
まだ夜目の利く前、暗闇の中でまさぐられる指先から私が逃げ惑っているときは、彼女は確かに笑っている気がするのに。
薄笑いか、嘲笑か。まさか自嘲とは言わないだろう。


はっ、…っひ、………んっ、……んぅっ……!!


最後にキスをされるのは嫌だから、果てが迫ると口元を抑える私をせせら笑うように。
唇を塞いでから私を追い詰めることを覚えた彼女の手管は、近頃ますます容赦が無い。
優しさも甘さも最初から無かった。殴られも罵倒もされていないけれど。
優しい言葉も甘い囁きも記憶にない。私の喘ぎ声が彼女を求めたことだってありはしないけれど。
優しい口付けでも甘い愛撫でもないはずのこれは、ならば一体どう称せば良いのですか?
嫌悪も軽蔑もいつしか薄れ、代わりに気が狂いそうなくらいに感じてしまっている、唾棄し忌むべき私の痴態を貴女以外に誰が、断罪してくれるというのですか?
そう追い詰めることが彼女の狙いだったのなら、完璧といっていいほどにその企みは成功したと言って良いのでしょう。


……貴女なんか、大嫌いよ


濡れた声。ぼやけた視界。湿りすぎた熱以外は含んでいないと信じたい吐息。
始める切欠を作るのがビスマルクの役目なら、終わらせるのは私ではなければならないのだから。
張ったなけなしの虚勢をひといきで吹き飛ばすようにあっさりと。
「私もよ」と、言われるのがこの頃では一番、辛い。








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