月に叢雲、宵闇の盃(神風×羽黒)







手があり足があり、血潮の通った身体を認識したとき、信じられなかった。
生まれ直した。嘘かと思った。
生まれ変わった。嘘、そんなこと、全然無い。
わたしは何も変わっていない。手は小さいままだし、足だって遅いまま、すぐ息切れする。
あの頃見上げるばかりだった他艦種はやっぱり見上げないと目が合わない。夜目は思うよりは、期待するよりは、全然、効かない。
旧式だからだろうかと、思い毒づいたことが無いとは言わないけれど。
その思いは単純に移動時に躓いて足の小指をぶつけて悶絶した八つ当たりにしか過ぎなかったし、それ以上の切実さを内包するような事態にするつもりは無いのだし。
でも、夜半の移動は、もちろんそれ以降随分と慎重になった。
泥棒にも夜戦主義者にもならない程度にゆったり歩くのは、だって格好悪いじゃない。


……あ、あの!

え?

…ご、ご相伴しても、いい?


……そんなことを思っていたのに、羽黒さんの姿を見つけると張っていたはずの見栄も掴んでいたはずの教訓も全部すっ飛ばして夜の闇の中を駆けてしまうのだから、私ったら救えない。
あの頃と同じ。あの思い出は私たちだけのもの。


……どうぞ?


訝しげな視線が胸に刺さったけど、珍しくひとりっきりな羽黒さんが本当にひとりきりみたいだという事実が、私の座る場所を空けてくれたこととかお盆の中にひとつずつしかお銚子もお猪口も無かったこととか、ふんわり浮かんだ笑顔にだいぶ影が落ちていたこととか、から、察せられて舞い上がると同時にしゅんとした私は嫌な方向に小器用。
気づきたくないことにはすぐに気づくのに、欲しいものもずっと覚えてるのに。


はい、

……え、、……あ、

どうぞ?


くくっと笑われてちょっと落ち込んだ。
かみかぜちゃん、宥められるような声は少しばかり以上にお酒の湿った色が含まれていて、ただそれだけでどきどきしてしまう私は羽黒さんの方を見ることができなくて、無礼なのはわかっていたけれどそのまま俯いて、固まってしまう。


待ってて、
いま貴女の好きなのを

やだ!
……これがいい、

そう?

…うん。

御猪口は?

……これが、いい。

そう。


じゃあいいわ。
とすんと落とし直した腰、もっと近づいてくれてもよかったのに。
私が近づけば解決するってわかっていても、そんなの、できたら、羽黒さんに会うために毎夜出歩いたりしない。……夜しか探しに来れなくなったり、しない。


…あ、おいしい。

ふふ、実はね、

ぅえ?

あはは、神風ちゃんかわい。
……これ、神風ちゃんのために持ってきたの。

私はもう飲んできたんだあ。ちょっとだけ味見はしたけど、やっぱり日本酒ってキツいねえ。
そうふわふわと笑う羽黒さんの方が、ずっと、ずうっと、可愛い。このまま、押し倒してしまいたい。


うん、
神風ちゃんは、もっと自信を持った方がいいね。

……そう?

うん。


頼りない表現ばかりをするのに、その言葉のひとつひとつに張りがあるから、私は羽黒さんのことをしょっちゅう、格好良いと思ってしまう。
素敵、可愛い、格好良い。きっかけは誇らしくって苦い記憶ひとつ、だけれどそこからずっと目が離せなくなったのは、いまの羽黒さんのせいだから。
貴女に似合う、一番の褒め言葉を、一番じゃない感情表現と一緒に。


月見酒ね、

……え?

綺麗って、言ってるの。


ああ、勝てる気がしないのに、私はそれでも強がって言ってしまう。








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