いつかの一航戦(翔鶴)






きょうもまた死ねなかったと空を仰ぐ。
いつもより少しだけ雲が多い。出撃の度に律儀に数えて記憶しているわけではないけれど。

見上げているのが空だから駄目なのだと、僚艦には呆れられた。
だって足元は怖いではないか。
いつ潜水艦の青白い腕が伸びてきて引きずり込まれるかわからないのだから。
そうね、むきだしになった首の根本をあたら敵に晒して切り落とされることもないでしょうとあてつけのように曖昧に笑んだ私が怖かったのは、きっと快晴までを映す水面には鮮明に見えるだろう、亡霊より酷い自分の姿だった。

雷巡洋艦の重装備はきちんと機能している。水雷戦隊は活躍できる。戦艦の巨大な砲は物言わぬ鉄塊ではなく、亡霊のように湧き出る深海棲艦をいの一番に一撃で屠る力を持っている。
持ってしまった足を地につけてしまえば、とびきり贅沢な御飯が食べられる。ファッション性だけを考えて服が選べる。精密な通信機器を操作すれば、インターネットもGPSも使える。写真も動画も撮れる。
海に出るときには、私たちには相変わらず、原子力潜水艦もステルス戦闘機も、鮮明な衛星画像も無いのに。
あの頃の夢が、望まぬ形で次々と叶っていく。

無念を抱いて沈んでいった。けれどこんなやり直し方をしたいわけではなかった。
生まれなおしたかったのかどうかはもうわからない。けれど繰り返したかったわけでは、けしてなかった。
ぽちゃりと波濤がおかしな音を立てて歪む。きょうはいつもより少しだけ凪が強い。
古めかしい形状の弓で、艦載機を飛ばす。奥ゆかしい和装と呼ぶには随分無理がある戦闘服は、赤が映えることだけが救いだといつも思う。
譲られた襷よりちゃんと赤黒い色をしていてくれる血液が凝固してゆく感覚が呼ぶのは、殆どの場合はただの失望だ。

私の時代は、いつ終わってくれるのだろう。







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自惚れている(鬼怒×不知火)




見目ばかりが格好良くなったからと言って、なんだというのでしょう。
しばらく……にしては随分長い間きゃーきゃー言われていたというか正直今でも現在進行系というか、艦である前に娘であり、軍人である前に少女であるような輩がわらわらとたかるのも、それにいちいち応える鬼怒さんも、不知火には理解不能です。


なぁにー?

……いえ、


よくそこまで愛想を振りまいて精神が持つなと思っていただけです。
あろうことかふたりで部屋にいるときにまで、窓からひらひら手を振ってみせるなどという芸当をするとは思わないでは無いですか。


これを愛想というとは、さすがぬい

……鬼怒さん、

にゃはは、


ぐりぐりと頭をかき回されるのは、どう贔屓目に褒めてみても、撫でているとは言い難いです。
……親愛の情のようなものは入ってるのがわかるから、よしとしますが。


いいねえ、これからもイケメンコンビでがんばろうねえ

……………はあ?


誰と誰がですか。
にやりと笑う至近距離の上官が、完全に面白がっているとわかるからこそ遠慮なしに掌底を打てるというもの。


……ったぁ!

非番ですから。

関係ある!?

お戯れは程々に。


言い放てば、地面に這いつくばったままで破顔する僚艦兼上司兼恋人は、今度は蹴り飛ばしてやろうかと思う寸前でパッと立ち上がって空気を弛緩させるふれあいを、いともたやすく、


かっこいいでしょ?

そうですね、素敵ですよ


昨日も一昨日も同じやりとりをしましたが。
意図的に頬を緩めて短くなった襟足を手袋越しにくすぐってあげれば、うひゃあと奇声をあげられたのは新しかったから、明日調子に乗られたあとはこっち方面でもうちょっと攻めてやることに決めました。





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ばかなんだから(秋月×朧)






いつもは、いいよって言わなきゃ絶対に先に進んだりしないのに。
今日の秋月は、随分とせっかちで余裕が無い。
珍しく頭の天辺から足元まできっちりした彼女を見たのもそれを褒めたのも、たしかに珍しかったけれど。
それでこんなにがっついちゃうなんて、だいぶ、格好悪いんじゃない?
そう囁いてみれば、朧先輩だからです、って、とても苦しそうな声で返されたから。
意外と単純なあたしは、それでもう、ぜんぶゆるしてしまった。
意外でもなんでもなく単純でまっすぐな秋月は、すっごく苦しそうな声でごめんなさい、ごめんなさいと繰り返していた。
ばかだね、秋月。
そういうときは、ありがとうとかきもちいいですとか、もし欲張っていいなら、すきとかあいしてますとか、いうもんなんだよ。
最後まで言ってくれなかっただめな子には、あんたの名前をとびきり甘く囁いてあげるだけで蕩けた顔をしてくれるとこを見せてくれるだけでよしとしておいてあげるから、だから、ねえ。もっとしてよ。あたしが馬鹿になったって、誰に対しても言えるくらいに。






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最果てか奈落か(赤城×翔鶴)



あ、あ、と声が落ちる。
滴る液体にはらむ熱を、字義通りに解釈するには少しばかり覚悟が足らない私を、翔鶴は熱ぼったくあまい視線で見つめている。
どうしてこうなったのだろう。一体どうしたらいいというのだろう。
鉄塊では無かったことを残念に思った私が、知らず覚えていた弓の引き方を心の底から厭わしく思っている事など、彼女には疾うに知れているのだろう。
時には銀に見える髪に、私の黒が混ざる様を見下ろして興奮する痴態を、ふっと笑って柔い身体に手を伸ばす、翔鶴の唇は薄く目立たない筈なのにあたら赤く、血のような味がする。
誰のやり直しなのかも分からぬまま、赤城と呼ばれ尊ばれることが。蠢く女の姿を、当たり前の事象としてやり過ごす日々が。かつて蔑んでさえいた後輩を、いの一番に知覚してしまう絶望に濁る瞳に映る翔鶴は。
心の底から満足げな幸福を湛えながら、私に吐息に近い声と声に似た吐息とを同時に寄越しては嬉しそうに笑う。赤城さん、と、愛しげに呼ばれる。
反射で抱くこの腹の濁りと、頭痛を呼ぶ熱情をもって。受け取っていると、言ってしまって、いいのだろうか













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