夢物語(高雄×妙高)
……もう少し緯度の高いところに着任したかったわ。
いまからでも異動願を出せばいいじゃない。
晴れすぎて高いばかりの空も、スコールのような雨も、零か百かしか知らない植物の生え方も、嫌いだった。と。
ごめんなさいもありがとうも、同じ顔をして告げる妙高が、ひどく薄情な癖に気味が悪いくらい優しそうに見える微笑みを消した真顔でそんな馬鹿みたいな本音を海に吐いたものだったから。よりにもよって海に投じるの? だとか、私が聞いていると知って聞こえる声量でそうするなんてまあ相変わらず可愛気の無いこと、だとか、思うことはたくさんあったけれど。一を言えば誤魔化され煙に巻かれてそれから嫌味という名の紙塵を散り散りにふらせられるのは目に見えていたから無言の私に彼女はひどいのねとくつくつと笑った。遠慮のひとつもありはしない。
そうねと返したのは、貴女もねと幾許かの棘を潜ませたかったから。一度艤装をおろせば、かかる火の粉には振り払わずに受け流すことと曖昧な笑みで拒絶することしかできないくせに。なんてことないのよという顔ばかりの面を厚くして、そうして私の前では大袈裟に、傷ついたわと道化じみた素顔を見せる。そのだいたいの舞台となる、飾り気の無い布団とちゃぶ台と、段ボールよりは若干マシな程度の衣装箱くらいしか持たない妙高の部屋は、南国の気配にも垢抜けたネイビーの雰囲気とも無縁だ。一年の半分近くを雪で覆われて過ごすような湿った閉鎖的な空間に配置するには、たしかにそれなりにふさわしいかもしれないが。
だって貴女、ついてきてくれないじゃない
命令がなくっちゃね。
冗談でもいいから甘ったるい言葉のひとつ、吐いてほしいのだと。
目だけでねだられてあげたことは一度、二度。流石に次はと躊躇していたら腕をひかれ、最近では鼻にかかった声や唇に濡れた感触までが降ってくる。
きょうはそのどれ一つとしてない。命令が無いから配転などしないし、強請られなければ甘やかしてなどあげない。
私は錆びた鉄の焼ける匂いも、爛れた皮膚が千切れ腐っていく感触も、爆風が晴れれば誰かがいなくなっているあの感覚も嫌いだ。
何もなくても甘やかしあっていたあの頃に戻る気も、あの頃の片鱗を妙高に見せることも、貴女が嫌いだと彼女に告げることもけして、しない。
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