白い羽根黒い翼(瑞翔/艦娘は元人間設定と男要素あります注意)





暑い日だった。
蝉が煩く鳴いていた。
汗が滴り、風鈴がちらとも鳴らないくらい、川から引いた水に乱暴につけた西瓜がろくに冷えもしないほどに暑い日だったのに、秋の終わりのツクツクボウシだった気がするのが不思議だ。
視界の端が丸く黄ばんでいるような記憶と一緒に、思い出してノスタルジーに浸るたびに都合よく改変されていく欠片なのかもしれない。
暑い日。熱い息。火照る身体。重い声。甘い匂い。
何もかもが都合よく、私の理想に沿うように作り変えられていく。
もうこの世のどこにもいない、翔鶴姉だった人の話だ。


はじめて、だけでいいから。

……ぁ……

ずいかくの、はじめてでいいから。


これがいい、じゃなく、これでいい、と繰り返す姉の声は。
いつものように細く小さく、時折私を叱る声とは全く違う、でもよく知っている、大人の女のものでしか無かった。
どうして。どうしてそれを私に向けるの。

初めてのキスは、首を締められる心地がした。
もう薄い白い膜の向こう側に隠して消してしまった、母の匂いがふわり漂った。
ぎゅうと掴まれた腕には、埃っぽい土蔵と臭かった祖父を彷彿とさせる枯れた力が籠められていた。


翔鶴ねぇ、

……やめて、瑞鶴。

いいよ、

――だめよ!!


押し倒したのは姉なのに。
膝を割って入ってきた滑らかな脚は、紅潮しながらも美しい顔(かんばせ)はあの日の義父とは似ても似つかなかったのに。
助けてくれなかった祖母によく似たじっとりとした視線がぐるり、私の脳裏で蠢いてはやけに高い天井の梁から覗いてくる。
私のくせに。私の上に乗る前に、その前日に、母に挨拶をするよりも前に姉の手を引いていたのを目にしていた、その結果を思えば私が犠牲になる日に姉が来てくれるはずもないことくらい、重々、わかっていたはずなのに。

どうしていまさら、やりなおそうとなんてするのだろう。
はじめなおそうなんて、するのだろう。
ひどいお姉ちゃん。助けてくれた。守ってくれていた。
勝手に身代わりになって、私に隠れて泣いて、そして消えてしまった。


翔鶴姉、翔鶴姉?

……んっ、


姉は、翔鶴になるのだと言ってあの家を去った。
私が艦娘になったのと入れ替わりに訃報が届いたらしい。
郵便屋以外の誰の手も介されなかったその報を届けられるべき人を探しに、私はいまもこの人を翔鶴姉と呼んで、息をしている。

















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