むせかえるような夏の匂い






キスは好きだ。もちろんそれだけではないけれど――ふとした折に、誰もいないのを確認してふっと目が伏せられて、そうして――もう一度私を射抜き直した瞳が欲に濡れているのを認識して自分の目蓋をおろせば同じタイミングで合わせられる、唇はとても愛おしいと、手放しに、思えてしまう。
まずは周囲を確認しなさいと、口を酸っぱくして言わなければおちおちそんな風に身を任せてもいられなかった頃と比べれば雲泥の差、
(あの頃の浮ついた気持ちも今となっては懐かしいけれど、戻りたいとは思わない)
多幸感に包まれる私の緩んだ唇があっさり彼女の舌と吐息を受け入れ、流し込まれる唾液すら飲み込んでしまえるのは、つまりそういうわけである。
この子が、がむしゃらに私を求めてくれるのが、嬉しい、と思う。


んん……っ、…ん、ふ…っ……


道場の片隅、……にある出入口から出られる先にある欅の木陰に、ふたり腰をおろして。
そういう、キスをひとつ終えてしまった後、瑞鶴が離れきる前に。珍しく、目を開けてしまったものだから。
……彼女の、突き出された舌が自分の下唇の上を引きずるように、名残惜しそうに離れていくのを、触覚や嗅覚だけでなく視覚でまでまざまざと感じてしまったものだから、……いけない。
ぞくりと、震えてしまいそうになったのは瑞鶴には感づかれなかったようで、ほっと吐いた息とともにしようもない感想は呆気なく溢れ出てしまった。


あなた、舌だけは短いのね

……だけ、って、なんですか。


ぶう、とわかりやすく膨れてそっぽを向いた瑞鶴の頬を、軽くつつく。
物理的に凹ませるところまではいかず、つんつん、と、……我ながらずいぶんと甘ったるいものだ。
そういえばこの手は、さっきまで、この頬に。違う意味で触れていたのだな、と認識すると途端、顔が赤らむのがわかった。瑞鶴はこっちを向いていないから、大丈夫、だけれど、今の恥ずかしい私を見られたくはないけれど、……でも。
こっちを、向いて、欲しい。


……あ……


その前に私の指を摘んだ彼女の指は、やはり目に分かる程度には私より長い。
すっきり細長いそれを、この間羨んだら、わたしは加賀さんの女の子っぽい弾力の方が羨ましいです、なんて、今のこれよりはずっと控えめなふくれっ面で、告げられたっけ。
女の子らしいなどという賞賛は、昔なら、いっそ侮辱だとすら捉えていたかもしれないのに。
女らしい、と言われるより、ずっと嬉しいなと思えてしまった私は。一度弓を下ろしてしまえば、もうすっかり駄目になってしまったようだ。
(同室の赤城さんにくすくす笑いながらそう言われてしまったのだから、もう、間違いない。
 その後、よかったわ、と、赤城さんの方がよっぽど素晴らしい幸福を手に入れたかのようにつぶやかれてしまっては、……もう、みっともなく泣くことしかできないではないか。)


あ、やっぱり顔赤い

……やっぱり、って、なんですか。


さっきの彼女の口調を真似てやれば、にたりと楽しげな笑み。
いやー、流石にちょっと長かったかなーとか心配だったんですよー、舌は短くとも頑張りました! 主に勝ってる身長とか握力とかで!
私が赤くなった主原因をちっともわかってはいないまま、頭脳を誇られたら今度こそ彼女が腑抜けた悲鳴をあげるまでつねってあげようかと思ったが。
さっきまであんなにしっかりと私の顔を捕らえ、固定していた彼女の指は愚かなくらい優しく、私より低い体温とざらつく指紋による心地良い軌跡を私の頬に描いていった。
そのまま喉元をくすぐり道着の合わせ目から潜り込もうとする不届き者に甘く噛み付いたら、割と本気で情け無い悲鳴をあげられた。
恨みがましく見つめられては仕方が無いので私の膝の上に落ちていたその手を取ってキスのお返しをする。ぴくりぴくり、私を見下ろしながら反応する瑞鶴が可愛くて鼻先で彼女の袖をまくりあげ、肘あたりまで唇を滑らせていたら加賀さんだけずるい! と叫ばれた。
あまりうるさくすると他の子が来るでしょう。ばか、と紡ぐはずの唇は乱暴に塞がれて――続きは流石に場所を改めることになった。
まったく、昼間から、よくやるものだと、自分でも思う。






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タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。










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