月が綺麗ですね(瑞加賀)





お前では駄目なのか?

いえ、べ……つ、に、


どうしてこうなってしまったのか。加賀さんが近いし獣のように荒い息がかかるのが想定外で呼吸は苦しいし、視界と思考とが、くるくる、くるくる回る。お茶を飲みながら花見団子を食べながら、この人に強請られて買ってきた越乃寒梅を一緒にちょびっと空けながら、指揮官さんのいいところとだめなところを、お互いの姉を引き合いに出しながら酒のさかなにして、まったり夜桜を眺めていた。花より団子派だけれど団子より酒精より断然加賀先輩派だから、ふふふと寄った振りをして凭れながらふわふわ、宵と酔いのせいにして浮かれた軽口を叩いた、その代償。もといご褒美。加賀さんの鼻息が呼吸をするだけでかかって、流し込まれた唾液が際どくも甘くって、くらくら、夢幻かと思うくらいに濃厚に立ち上ってわたしをおかしくさせる。


なんで、

なぜ?


質問に質問で返すのは卑怯だ。そう教えてくれたお姉ちゃんが一番、その手管を使うって知っている。私には向かない牙で毒だけれど、あれに食まれたら最後、じわじわ、のたうって苦しんで死ぬよりも酷い末路が待っていると知っている。私には優しい姉。それはもしかしたら、この人にとっても、あの人はそうなのかもしれない。いつかそう思って聞いてみたら鼻で笑われた、ことをふっと思い出して喉の奥で笑ったら目前の瞳がすうと細まって舌と唇をいやというほど吸い上げられた。


っ……ふ、

なあ、
……ずいかく?


いやいやと首を振って、ようやく手に入れた呼吸の自由。ぜいぜいと酸素を貪って涙目で見上げた先輩は至極真面目な表情。私がいつか憧れた、怖いくらいに真摯な眼が、私のために私に向かって、私の返答を待っている。
……どうしよう、泣きそう。


…………なんで、いま、

さあ、なぜだろうな


月が綺麗だからではないか?
くっくとおかしそうに笑う姿は、少しだけ、重桜最古空母のあのひとに似ていた。
それを指摘したらきっと虚をつかれた顔をして、それからとびきり嬉しそうな表情を浮かべてくれるだろう加賀先輩には、絶対に言ってあげないけれど。








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