my cup of tea(プリミア)






さて今日は何の記念日だっただろうか。

珍しくプリシラの部屋だった。誘われて入ったのは幾分か前、とはいえそこからここまで中々のハイスピードで事に及んでいる。お茶に誘う体を装った彼女の「ちょっと休憩しませんか」という言葉をいま噛み砕いてみると変な笑いが出てしまいそうなくらいには面白い。もっともわたしも、繊細なティーカップに添えられた彼女の指が今日は妙にエロいわねえなどと考えていたのだからお互い様かもしれない。そもわざわざ紅茶を出してくる日は高確率でベッドに誘われるしそれが高級茶葉だったりしたらほぼ間違いなく長時間コースだ、というのがお互いに反映された空気だったのよと言い訳はしたいところ。流石に全部無意識のうちにやっているとは思わないが、心情に引きずられている面は多くあるのだろう、恥ずかしい誘い方を自覚してなかったらしいプリシラの照れがさぁっと現れるときがわたしは割と好きだ。ふとした日常に滲む、彼女の瞳の揺れと同じ。


「……?」

「んーん、」

「……気になりますよ、」

「そう? いいじゃない、」

「……、」


熱情はこんなにも簡単に透けて見えてくれるのに難しいものねえと、大本の色だけは冷たい目元の周りをなぞる。微妙に不満気だったのが一転、戸惑った気配がどすんと落ちてきておかしい。心まで気分良くさせてもらったお礼に彼女のシャツを脱がそうとしてあげる。一瞬固まって、それからおずおずとわたしに従う仕草が、いつまで経っても慣れないのは従者でいたがる性なのか、さて。改めて名付けなければならない関係性は、周囲が言うに任せておけばよいと思うのはわたしの性、それでたぶん彼女にはずいぶんと寂しい思いをさせているに違いない。恋人、だけれど。たぶんお互い、お互いだけだけれど。それ以上のものは中々示せないわたしたち。


「……きょうは、」

「わかってるわよ、」


花束を貰う感覚で明け渡す身体。そう口にしたことは一度もない。
ちうと吸い付くのは絶対にこいつの趣味。あんたねえと思ったことは数知れず、数回に一度の割合で口に出してもいるからもう結構な質量でわたしはこの変態性を蹴り上げている。もっとも、わたしに手を出した時点で大概、という自嘲混じりの悪口は一度口に出した時点でプリシラの方が呆れた顔で嗜めてきたからそれ以降はしていない。それじゃあ何十年経っても手だしできないじゃないですか。ぽつりと落ちた本音が怖いくらい真摯だったから、思いのほか思われていたことにわたしの方がびっくりしてしまって。いや好かれていることは知ってたわよクソ重いバレンタインプレゼント貰ったし事あるごとに記念日と称して何やかやくれるしやたらふたりきりでどっか行きたがるしでもその癖その度に貴重な時間をすみませんとかぬかしやがるし。ヘルさんが天寿を全うされてからでもという台詞はわたしが一発で叱ったから、あれは彼女の側の一度きり、だ。妖精もゾンビも平均寿命は人間より短いが、それくらいはふたりとも乗り越える気でいるのは今更な事実。それでもそれを口に出すのは嫌というわたしの我儘を許したプリシラは、出会った頃よりずいぶんと寛容になった。

ひとしきり胸をなめしきって満足したのか、重い口づけのあとで身体に入り込む指に勝手に唸る喉。目を細めるプリシラの頬に口づければ、少しばかりの不服そうな気配。ほどなくふぅとほどけるから嬉しくなって、くく、と、殺す声も同じ喉奥に消える。ほんと、成長したわね。わたしを甘やかせるようになっちゃって。


「みあさん、」

「いいわよ、
 ……ええ、」

「……、」


相変わらずですねと耳に吹きこまれた囁きには今度こそ呆れがたっぷりと溶けていたけれど。甘やかな諦めも多分に含まれていたし、何よりついと中の指が動かされたから。その細い中指に籠められた意思に、わたしも甘い息を素直に漏らすことで答えた。
かわいい。かわいい。かわいいから甘やかしたくなる。だからこの声も自分から狭くしてみせる内も、汗みずくの脚を絡めるのも、お安い御用だ。

手を伸ばせば頭を下げられた。あら。手を繋ごうと、思ったのだけれど。まあつながる場所を増やしたかっただけだから、こちらでも構わないわよ。首に回すには遠かったから薄青の髪に指を埋めれば、嬉しそうな吐息。そのままこちらの喉仏を舐められる。う、と溢れた声に恐怖が微塵もなかったのが救えない。伝った汗が目に沁みる前に、プリシラの右手が掬って行った。


「ふやしても、」

「……どうぞ、」

「ん、」


間近の荒い息に、もうすぐかな、と思う。2本目の圧迫感に頤を突き上げたら今度はプリシラが呻き声をあげた。一瞬伏せられてすぐに戻る目線はやはり切実さを多分に抱えていて。うっすら開いた唇も震えている。さて、どうしてあげましょうか。考えた途端揺らされる視界、ほったらかしにしておいた目尻の涙が彼女の唇に吸い取られて。あら、今日はずいぶんと意地っ張りね。


「きょうは、ミアさんって、」

「……、」


はいはい、という軽口を飲み込むくらいにはわたしだって期待しているし、この愉しい雰囲気を壊したくないのだ。わたしを高ぶらせることに随分いっぱいいっぱいの彼女が、気づいてくれたかはわからないけれど。膣内で快楽を追うのは難しい身体だと知っていながら、頑なに動かし続ける2本の指に、籠められた感情を育てればそれなりに上り詰めることもできるけれど、でも、やっぱりもう少しいまの彼女を堪能したいくらいには。わたしだって好きなのよ。あなたのこと。

ところで、さて今日は何の記念日だっただろうか。尋ねてしまえば思い切り拗ねるのだろうなとは思いつつ、その後に臍を曲げるか膨れ顔で正解を言った後構って欲しいと擦り寄ってくるのとでは後者の割合の方がだいぶ高くなった今、訊いてみるのもある種のお約束に近づいている。なにせその後は思い切りわたしが甘やかすのが確定しているのだ。裏を返せばわたしが構いきれないときはスルーするので、そのせいでむしろ――よそう。とにかく、まあ。珈琲党に捧げる紅茶と同じくらいにはバカップルの所業であることは間違いの無い字面とは裏腹な言葉をまだ喉奥で転がしているのは、出すか出さないかではなく何時出せば彼女が嬉しがるかという駆け引きの手段だという話。


「……は、……っ!!」

「んっ、……」


最後にそろりと触れられた蕾に身体の芯が揺らされて。ぶるりと震えた頂きにプリシラの方がよほど切なげな溜息をついた。直截的な刺激よりもよっぽどそれにやられてしまって、間断なく訪れた次の波は予想より高く、溢れ出た嬌声がプリシラの口の中に吸い込まれる。こうして逃げられない形で絶頂を与えてくるのはこの子の弱さだと思う反面、それすらが自分の快楽の一端なのだからわたしだって大概だ。丸ごと食まれてしまっているせいで唾液ごと飲み込まれたのを目を閉じながら感じ、かき抱いた彼女の後頭部に今一度爪が刺さるのも生々しく脳に伝わってしまって嫌になる。こういう痛みには何も反応してくれないプリシラの質も含めて、きつく抱かれた隙間が全部なくなってしまったかのような錯覚すら、得てしまって。
そうね。随分といい夢を見てしまったから、砂糖菓子のような問い掛けはもう少し後にしましょう。何ならもう一度、貴女に一杯淹れてもらってから。






--------------------------------------------------------------------------------------













inserted by FC2 system