(聖×志摩子)









一枚、二枚。

数え終わって小さく息をつく。
これできりがつく、とはらりと音を立てて紙を横に置くと同時にビスケット扉が開いた。扉の役割を考えてみれば自明のことなのだろうが何故だか私は、そこから人が来るということを全く想定していなかった。


夏休み。今年、記録はもうゆうに二桁目に突入している真夏日。白昼夢を見てもおかしくはないほどの天候。それは、薔薇の館も違いはしない。

だからだろうか、補習でここにはいない筈の白薔薇さまを見ても私は、何も口に出さずにすんだのだった。



それが当然である、という顔をして扉を閉めた白薔薇さまはそのまま真っ直ぐ歩いてきて私の左斜め前に座った。カサ、と置かれたビニールの袋は不機嫌に白く、部屋で一番の自己主張をしている。
ペンを置いた音が予想外に大きく響く。或いはそれは、ただの私の耳の錯覚かもしれないけれど。

ふうん、と小さく声が。共有する言語が奇妙に多くて私は途方に暮れてしまう。

「志摩子も食べる?」

大して答えを気にしない風なぞんざいな問いかけは言葉にされた口から溶けていくようだった。

「いいえ」

どうみてもひとつしか入っていない袋の膨らみを見ながら私は答える。なるべく、私に出来る限りの。平常心を装って。

そ、と矢張り余り興味なさそうに呟いて、白薔薇さまはピリリと袋を破った。ありきたりなアイスが汗をかいて出来た滴が、白薔薇さまの指を濡らす。
見とれた、という表現が正しいのだろうか。吸い寄せられた私の視線は彼女の指先をいつの間にか滑っていた。ペロ、とクリームのついた人指し指を舐められて。あ、と、声を漏らしてしまう。


聖さま、と言いかけて違和感から白薔薇さま、と心の中で言い直す。
けれど違和感は変わらず、まるで影法師のように私につき纏っていた。
拭うことはせずに私は、白薔薇さまがアイスをかじるのをただぼんやりと眺めていた。しゃくしゃくという音と蝉の声が混ざってきて次第に眠たくなる。

けだるげに外を見ても、書類は減りはしないというのに。
開け放たれた窓辺からは微かに、塩素の匂いが漂ってくる。



全く、私達は恐ろしい勤勉さで夏が過ぎるのを見送っていたのだった。









(×江利子)








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