見つめる











窓の外



日々はただ、ぱたりぱたりと過ぎて行く。


「いつまで居座るつもり?」

「どうしようかな」


詰問に気のない返事。自堕落な野良猫のようだと自分で思う。媚びて、ねだって、構われて手の平を返す。けして懐かない。愛されるけど、愛はあげない。


「いい加減にしっかりしなさいよ」

「蓉子がしっかりしてるからね、大丈夫なの」


お説教は右から左へ。ちゃんと私の身体を通ってはいる、痕跡だってきっとある。うまく作用しないだけ。私の面の皮が厚すぎるだけ。


「私が駄目になったら、あなたがしっかりしてくれるの?」

「そしたら他の人のとこ行く」


蓉子の面倒なんかみられないよ。自分ひとりの世話すら満足にはできないのに。


「……もう」


束の間の沈黙は重く、けれど蓉子は束の間だけでそれを切り上げる。見事な手腕。蓉子にだけ刺さる現実の厳しさ。


「ごめんね」


最低の親友で。
だけど蓉子にだけは取り繕わないから。頼って縋って寄りかかって、ここまで甘えるのは蓉子にだけだから。

……本当は、別れた方がいいんだろうな。

外では風がびゅうびゅうと吹いていた。ガラス張りの向こうで、冷たい現実が私たちを待ち受けている。世の中って奴を知らしめようとしている。


「……もう行くわ」


蓉子だけを送り出す、蓉子に守られたままの、駄目な親友。恋人にもならない。蓉子の気持ちだけは手にいれたまま。


「ん、行ってらっしゃい」


……さよならをするには、私はちょっと、弱くなりすぎたよ。















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ひかり



突き上がる衝動が私に黒い波となり襲いかかる。嵐の夜。細い気道から生きる糧を得ようと喘ぐ私を易々と奪う。気まぐれで呼吸すら持っていかれる。気を失っても止むことのない行為は私のためのものではない。


私はあの子には敵わなかった。あの子にもあの子にも勝てなかった。それなのにどうして私が。どうして私だけが彼女の重みを知り、指先の繊細さを身体の奥深くで感じているのか。勝ち負けを物差しの目盛りにした私への罰なのだろうか。


自嘲しようとして、結果下手な泣き笑いの表情が出来上がる。うまく笑えない。うまく泣けもしない。私の繊細な部分は私が封じ込めた。聖が私に触れるから。愛して欲しいと頼むから。


周りは闇ばかり。あなたがくれた。私に縋り押しつけ赦しを乞うた。けれど私にはあなただけが光。暗い痛みしかくれないあなたはひたすらに眩しく輝いている。


――聖、


私が汚れればそれだけあなたが光り輝いてくれるのだと信じさせて。










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横顔
聖と四季追想)



「なんかさ、冬って寂しいじゃない」

「……そうね」

「ああ寂しいなって思うと、蓉子の顔が浮かぶんだ」

「……そう」


嘘つき、とは言わない。自分を誤魔化すことはあっても、軽薄な言動でうやむやにしようとはしても、聖は完全な嘘はつかない。事実を誇張して、或いは隠して。余計なことをつけたして。脚色された言葉は大抵甘い。だから聖の本音はいつも冷たい。


「春になると祐巳ちゃんは元気かなって思うし」


餞別、もらっちゃった、と嬉しそうに話す笑顔を思い出す。内緒だよ、なんて私の近くで、耳に唇が触れそうな距離で。言うわけがないと、触れることはないのだとわかっているから、私を相手どって満足を得ようとする。
桜に言及しないのはわざとに決まっている。本当に大切なことは自分だけで持っていたがるあなた。


「夏は志摩子かな」


……彼女とどんな思い出があるのか、私は知らない。
追想する聖の横顔は月に照らされて青白い。本当は街灯やたくさんのイルミネーションの方が影響しているのだろうけれど、浮かび上がる美しさは自然にのみ祝福されているのだと。思いたくなる。私は満月よりも遠くから、横目で見ることしかできないから。


「秋は……江利子でいっか」


あいつとは何やったっけなあ。
誤魔化す聖。きっと夏の思い出を薄めたかったのだ。無責任に推察を重ねては私は聖を形作っていく。きっとたいして違ってはいないところが嬉しくて腹立たしい。あなたを一番に理解した気になっている。所詮ごく浅瀬に過ぎないのに。それは聖が私を人身御供にした結果でしかないのに。


「だから冬は蓉子」


削いで、削って、足して、重ねて。ここまで装飾が過ぎればもう嘘と呼んでも相違ないのではないだろうか?
私が気づいていることに気づいている聖に、私はそれを指摘できない。寒い冬空の下、ふたりでばかみたいに冷気に体温を奪わせている。聖の願望が透けて見えて痛い。まるい月はあんなに大きいのに。ちっぽけな私に全てを押しつけようとする酷い親友。


「だからって、何よ」


かろうじて出た軽口は吐く白い息よりも役立たずで。自分が望んで今ここでこうしていることに私は怒りながらそれをぶつける先を持たない。佐藤聖の捌け口。今日くらいは嘘を塗り固めた文句も嫌味も無しに、幸せ未満のささやかな充足を享受すればいい。


「……雪合戦、楽しかったね」

「そうね」


あの雪の夜と少女には、蓋と言う名の偽りのフィルターを共有して。話を反らすのが精一杯で、独り占めできないあなたに、微かな優越を覚える黒さを私はそっと握り潰した。
冷えたベランダに頬杖をつこうとする聖の横顔は、月明かりに濡れ、壮絶に美しく。私からはただ遠かった。













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水底



真夏の太陽の日差しはただ痛かった。柔らかいの対義語は色々あるものだな、と、故事とは正反対の身の置き方をしながら思う。最も冬の暖まり方のすすめに反したところで体調を崩すわけでもない。ほぼ全身が熱い。熱を吸収する黒髪が、一番火照りぼーっとする。ぎりぎり足首までしかない海面も生ぬるい気がしてくる。


「あっついねぇ」

「本当」


だったらパラソルの下に戻れば良いものを、ふたり並んでそれなりに夏を満喫する体裁を取って。


「追いかけっこでもする?」

「やめてちょうだい」


海のばかやろーくらい寒いわよ。
しゃがみこんでひたひたと揺れる水面に手を浸す。べたつく磯の香り。澄んでいる、とは言い切れない、砂と混ざりあった海水の塩分は、どれくらいだっただろうか。あまり人も居ない海は雄大と言うより囲われた切なさを感じさせる。歩いてきたコンクリートのごつごつとした感触を、消し去ろうと砂をすくい水で洗い。


「でも青春じゃない?」

「やるならひとりでどうぞ」

「行事好きなくせにぃ」

「炎天下で走り回れるほど元気じゃないもの」


贅沢に2泊3日の予定を組んだ旅行の中日。予約したホテルもそれなりにいいところ、なんだかんだでムードに弱い聖のことだから初日から、を予想していなかったわけでは流石にない。問題は質と量だ。朝から遊ぶ! とかはしゃいでた聖本人のせいで結局海岸に着くのは昼前になった。


「若くない、の間違いじゃないの?」

「じゃあ若いあなただけで楽しめば良いわ」


ぱしゃぱしゃと無邪気なこどもみたいに。深いところまで行く気も泳ぐ気もないけれど、どうして私はこんなことをしてるのだろう。

陰る気配も見せない陽に頭がやられたか。何の気なしに聖の方を向く。私と軽口の応酬をしている彼女は立ったまま遠くを眺めていた。日差し避けに手を当てて、シンプルな水着から白い身体を惜しげもなくさらして。
私を見ないまま。

海で物思いに耽る、なんて。その陳腐さが様になる聖から私は視線をそらした。自然落ちた先が照り輝く水面で、私はそうっと覗き込む。理由も意味もない。明日は隠せないもんね、とかほざかれさんざ指先を使われた身体が重く、熱気で思考力も搾られる。嗚呼、らしくない。聖の隣にいる自分。


「……青いわね」

「そだね」


意味のない会話を、距離を行動を。
天頂を越えた太陽はまだ勢いを失わず、引き潮の近い波は穏やかに私を笑い。
こんな浅瀬の底すら見ることのできない私は聖に少しも踏み込めないまま。












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地平線



「あっついねぇ」

「本当」


夏の真ん中。久しぶりに会った蓉子は綺麗だった。最近は見るたびにより綺麗になってる気がする。歯の浮くような思考、という形容は正しいのかどうなのか、私は眠さを堪えて。陸に背を向ける。蓉子とは並んで立つ。


「追いかけっこでもする?」

「やめてちょうだい」


つれない返事。ここまで駆けてきたことでもう充分、と言わんばかりの蓉子。セパレーツだけれど割合健康的な水着が、私たちが恋人だという痕跡を隠している。ビキニと呼ぶにはちょっと慎ましやか過ぎる。どんな状況でも逆手に取ればそれなりに楽しめる。


「でも青春じゃない?」

「やるならひとりでどうぞ」


最もそのあとの文句と不機嫌を覚悟すれば蓉子を巻き込むのは実に容易い。なんだかんだで私には甘い蓉子。他の人に対する優しさより優遇されるぬるま湯は私を丸裸にする。浸かる私はありふれた風景をゆるゆると見る。さして興味のない美術品を、順路に従うついでに眺めるように。きっとろくに記憶にも残らない。


「行事好きなくせにぃ」

「炎天下で走り回れるほど元気じゃないもの」

「若くない、の間違いじゃないの?」

「じゃあ若いあなただけで楽しめば良いわ」


拗ねないでよ、冗談じゃんかぁ。
軽い会話。覗き込むことに長けた蓉子。見逃すことが得意な私。もう慣れた水温に浸かる足首。そこから上のパーツがふたり分、水から突き出て並んでいる。右側には蓉子がいるから、焼けつく日差しも波しぶきも本当は海そのものすらどうでも良い。


「……青いわね」

「そだね」


空と水で分けられた線に私は地平を見る。蜃気楼でも陽炎でもなく、ただの妄想の具現を、遥かな線に。目の錯覚に。

隣の蓉子だけを、実感として持って。










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日記でやってました5題。
「ひかり」だけ浮いてるのでリテイクするか悩み中。











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