忘れた頃に拡張する昼ドラ時空。
It's a small world.(順と紗枝)
――フラれた。
色んなモノを、それはもうすっ飛ばして、目を背けて、乱暴にまとめてしまえば多分そういうことに。なるんだと思う。
染谷の、歪んだ顔。蕩けた表情も、泣くまいと細められた目の奥の熱も、不意討ちのようにあらわれる、諦念と紙一重の脱力した笑顔も。
長くも短くもなかった、深くも浅くもあれなかったあの関係の中で、飽きる程とは言わずともそれなりに見てきたはずだったのに。
今真っ先に思い浮かぶのが、最後の、あの塗炭の苦しみだというのが。正直ひどくつらい。
しあわせを、そのままつかめるはずだった人を巻き込んだ、傷つけた証拠の棘は刺さったまま。
呼吸するたび、甘い息を漏らしかけるたびにきりきりといたむ。
――体調悪いの?
――うぇ?
やさしい声が降ってきたのは、この棘は染谷に残っていなければ良い、全部あたしに刺さっていれば良いと無理やり自分を慰めようとしていたときだった。
なん、ですか。おねーたま
あら、本当に体調悪い?
途端心配そうな表情を、ちゃんと浮かべてくれるこの上級生は、きっと本当はとてもやさしいのだろう。
雨の気配も無い、それなのに泣いているとしか思えない空模様。
寒空の下でお気に入りの逃げ場に逃げ込もうとして、けれど染谷に教えてしまっていたことを寸前で思い出して。
撃墜された心地でさ迷って、たどり着いた、くだらない湿気を帯びた庭の片隅。
どうしてこんなところにいるんですか。聞かれなかったから、あたしからも聞けない。
――いやー、お恥ずかしい。だいじょーぶです
てっきり盗撮してるかと思って声かけたのに。
わぁ冤罪。
あたしは心のフィルムに保存するんで、無粋なレンズなんか使いませんよ!
それはまあ、賢いわね。
はは、ありがとーございまーす
こんなにぐらぐらでも、口だけはいつものように回ってくれるようだった。
この人の笑顔と、夕歩の静かな微笑みと同じ。染谷や綾那の不機嫌は強がりで、無愛想なときほど優しくて。暖かくて。裏も表もある人たちの表の顔は、ただ、誰に対してもやさしいばかりだから胸がいたむ分きっかり同じだけ、救われる。救われてしまう。
おねーたまの手加減され具合に、心配されてるなぁ……と思いながら、苦笑う余裕くらいしか出せないから。
……せっかく優しくしてくれるなら、あそんでください
んー、苛めて、の間違いじゃないの?
今抉りこまれたら一発でKOされる。そうできるひとが、そうできると知りながら仕掛けてこないのは。それだけでひどく甘やかされている感覚がもらえて、だから少しだけ落ち着かない。
頭に降りてこようとした優しい手を、うずくまったまま避ける。ぱちぱちと瞬いた目が、口の端が細められ、あがるのを肌で感じる。いじめられる予感にぞくぞくする。
まちがいじゃないです。もてあそばれたいです。
珍しい。素直ね。
あたしはいつも素直ですよ
エロくて変態で、バカですよ。
表も裏もある人たちの前で、へらりと被ったお面はその下のモノと全く同じ。
全部わかって、笑ってくれるこの人は、夕歩にとてもよく似ている。
全部わかって、怒ってみせた彼女は、きっと綾那と同じ根っこだった。
何にも知らないままで、全部持って行ってしまう人たちが少しだけ脳裏に思い浮かんで、小さく笑ったはずの表情筋は、ちっとも動かないままで掠れた声だけが漏れた。
素直なコは好きよ
……はは、
でも、ひねくれてる子はもっと好き
ぞわり、這い出た裏の顔。
あぁ、これも知っている。持っている人と持っていない人を残酷に隔てる、馴染み深い暗闇がぞろりと這い寄って輪を作る。
狭まる中心にいるのはあたしで、影を生み出して操っているのは笑顔の似合う、やさしい人。
全部全部すり潰して、壊してくださいって言ったらきっとそれすらも叶えてくれるだろう、強さを持った、あの子に似ているけれどあの人とはちっとも似ていない、やさしい人。
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