おあずけ(瑞加賀)





かーがさん

ん、


へらりと笑って駄目なことをする。しようとする。口と手が同時に出るこの癖はいい加減やめろともう何度だって言われているけれど、それでやめられれば苦労はしない。癖っていうのは、自分で治せないから癖というのです。


こら、

いっ、


手の甲を抓るのは無くないですか? 幼子へのお仕置きか。ぶうっとこれはわざとあげた非難の声、可愛くないわよと寸発入れず返され、まだしばらくは無理だからとわかりきったことを続けられる。
わかってますよう。うーん、つまらないなあ……
ごろりと寝っ転がって見上げた天井が加賀さんの部屋のものだから、ただそれだけでまあいっかと許せていた頃のわたしの可愛げよ、戻ってこい。ついさっき可愛くないといわれたばっかりだけど。サイドテールだけがこっち向いてる加賀さんは相変わらずこっち見ない。はいはい、知ってましたぁ、


後でね、

わかってまぁす、

後のことでも考えてなさい

ふぇ?

何でもいいわよ


……………………は?
あ、バインダーが立てられた。新たな障壁になったそれの向こう側で加賀さんがどんな顔してるのか、ものすごく興味はあるが今のわたしにはそれすら半ば現実逃避だ。


えっ、と、

じゃあね


じゃあねも何も、部屋から出てけと言われない限り瑞鶴はここにおりますが。
と、いうようなことを小さな声で述べてはみましたが、かりかりとペンを勢いよく走らせた加賀さんは今度こそわたしに構ってはくれませんでした。かすかに見える耳やほっぺが赤らんでいたころの、いやむしろこんなことけっして言えやしなかった加賀さんの純情よ、戻ってこーい……瑞鶴、死んじゃうからあ……







--------------------------------------------------------------------------------------





恨んでもいいのよ(赤翔)




最近不安定なようだったから、少しくらい休息兼調整をしてあげようか。それくらいの気持ちで呼び寄せた後輩兼恋人は部屋に入るだけで息を詰まらせるものだから、笑ってしまった。


赤城、さん、


なあにと返したら縋る腕が布団の方から伸びて、引きずり込まれる。
縋られること自体は予想の範囲内、だけれどいきなりこれは、この体勢は。
圧し掛かられてもさほど重くないのはこの子の体幹のお陰、その割にあちこちが軋むように痛いのはこの子が珍しくも私に気遣いというものを投げ棄ててしまっているから。
翔鶴。見上げたままに呼べば濡れた瞳が泣きそうな形に歪んだ。
煩い。邪魔だ。もう許してください。そう言わんばかりに跳ね除けられることも予想していたけれど、伸ばした手はちゃんと彼女の頬までたどり着いた。どんなに感情が吹き荒れていても、促せばわたしの手が届くところまで下りてきてくれる、この子の性質は愛おしくてとても嫌い。
これが嫌だから加賀を遠ざけたのに。私は、結局。
苦しくは無い。悲しくはある。後悔をするのは、きっと許されない。
暗い瞳を持った子は御しやすくて良い。濁りきらないようにさえ気を付けていればただ従順で、扱いやすく便利で具合が良い。なんでもしてくれる、だけならほかにもたくさんいるけれど。選ぶならあなた、と言ったあのときの理由など、私はとうに忘れてしまった。





--------------------------------------------------------------------------------------




またあしたから(加賀←萩風/前提





すきですといった。ありがとうとかえされた。
わたしもよ、という返答でなかったのは、わたしの本心、伝えたかった意図、このどうしようもない恋心だけは届いたのだと、よろこんでしまって、いいのだろうか。


「いや、だめでしょ」「でも、よく言えたね」「おうわ、マジか」「よくないけど、でも、よかった」「加賀さんに怒ってきてあげましょうか」「……おつかれ、はぎ」「萩風、無理して笑わないの」「萩風、今度みんなで、おいしいもの食べにいきましょうか」


笑え。笑うな。よくない。よかった。駄目だよ。駄目じゃなかったね。みんなてんでばらばらなことを言ってくれるから、なんだかもっと笑えて、もっともっと、泣けてしまった。
だめなわたしを甘やかしてくれるこの子たちには、絶対に内緒なんだけれど。加賀さんが困ったように笑って頬に落としてくれた唇の感触が、まだわたしにはどうしようもなく残っているの。だから、ほんとうのところは、わたし、もうほんとうにわかっているの。
最初から、割り入りたかったわけじゃ、なかったんだもの。ただ、もっとはやくから捕まえられていたら、最初に出会えたのがわたしだったらなんてあまい夢想をいだくのを、とめられなかっただけ。あたためすぎてどうしようもなくなってしまったのを、残し続けるのに、堪えられなく、なってしまっただけ。


「大丈夫よ」


だいじょうぶ、だいじょうぶ。すきよといったらありがとう!!と元気よくかえしてくれる、あなたたちがいるから。いっぱいわらって、いっぱいないて、またあしたからだいじょうぶなわたしになるわ。




--------------------------------------------------------------------------------------




アフター・ピーエム・にじゅういち(瑞鳳と瑞鶴/瑞加賀・ローソンコラボネタ)





この仕事を受けるに当たり、期間限定の客寄せパンダという奴だととある駆逐艦は言い、慈善事業だと思えばなんとかなりますよと困り顔で練巡は呟いてくれ、年頃の人間らしい仕事も悪くないわよとそれを一番言いそうにない空母の先輩に言われた。それが出迎えの恋人が楽しみだとか他愛ない土産話に食いついてくれる、なかでもしょっちゅう妬いてくれるのがとても楽しいという惚気に他ならないというのを知っていたわたしにとってみれば、その相手方の頬を真顔で抓るにやぶさかではないエールであったのだけれど。うーん、加賀さんの心境もちょびっとだけわかるかなあ、でも他の有象無象の客と同じ悋気の対象にはしてほしくないなあ……と色々考えながら吐いた溜息はやけに白くなっていた。


……お疲れ。

お待たせ?

……待ってないし

そーね、約束してないしね。

……LINE入れたし

見る時間ないっての。


そろそろ来るかなと思ってたのはこの子には言ってあげない。
明日かなとも思ってたからわたしとの賭けはわたしの負けだ。瑞鶴(あんた)には賭けないわよ、冗談じゃないったら。


カラオケでも行く?

……いい、帰る。

そー? Lチキ買ってく?

要らないから。


モッズコートに寒そうに手を突っ込んで。来てるなら店内を徘徊でもしてればいいのにまあ律儀に、ちょっと前の忠犬ってかストーカー気質を思い出すのは加賀さん出待ちしてたのと寸分変わらない場所で待ってたからで、でも待ち時間は断然わたしの方が短いだろうなあというのがあからさまにわかる格好で態度、まあ本当、かわいいんだかかわいくないんだか。


どうしたの、喧嘩?

ちがう、……けど、


あーあ、これを聞くのはここじゃやっぱり不味いってわけね。途端尻すぼみになった同棲1年目(と呼ぶとすごく怒るけど羞恥と照れ隠しと誇らしさで真っ赤になった顔がばかみたいに……あまりにもばかみたいだからつつくのも最近は飽きてきている)瑞鶴さんは、どうやら真っ直ぐに加賀さんと同室の部屋に帰るのが嫌でわたしに会いに来たらしい。ほんと、嬉しくて涙が出るったら。


ずいかくのおごりね。

……うん、

LINEは入れたの?

……翔鶴姉じゃだめかなあ

だめでしょ。


わたし、まだ刺されたくないから。一応は航空母艦同士として、かつ恋人の相談役兼悪友くらいのポジションで、ついでにコンビニバイトの後輩も足して、安全安心な立ち位置から、こないだ瑞鶴が加賀さん待ってたときと同じ場所でわたしのこと待ってたんですよー、その内容ったら聞いてくださいよ、なんと加賀さんの―――って感じに、楽しくやらせていただく予定なんだから。ってかそれくらいやらせてくれないと割に合わないんだから。だから、ほら、瑞鶴。さっさとLINEする。電話でもいいけど。さもなくば置いてくわよ。






--------------------------------------------------------------------------------------












inserted by FC2 system